オムライス
「あ、リドル!」
ページを捲っていた分厚いカラー表紙の本を手に幼さの抜けた、それでも年相応の少女のような表情でが微笑む。
覗いてみると、それは言ってみれば洋風の料理ばかりが載っている本で、少し古びてはいるが作る分にしては十分過ぎる物だった。
「この間書庫で見つけたんだけど。ほら、わたしあんまり、こういったの作れないから」
「今のままでも十分じゃないか」
「ううん。やっぱり和食だけだと進歩がないし、その道を究めるつもりでもないから、それで……相談があるんだけど、いいかな?」
困ったように小首を傾げたにリドルも微笑んで応える。
この国の、昔ながらの土間のキッチンの側に腰を下ろし授業の質問でもするように戸惑いがちにリドルを見たは、その腕に抱えていた本を膝の置いてぱらぱらとページを捲る。
「このオムライスっていうの? どうやって作るの?」
「ああ、これか。先生に叩き込……教えて貰った事があるな」
「……フランスとか、イギリスとか、そっちの料理じゃないの?」
「違う、日本の料理だ。先生は和製洋語と言っていたな。兎に角、イギリスにもフランスにもこんな料理はない」
オムライスすら知らないに表情には出さないで驚きながらリドルは一つ一つ、その料理がどんなものなのか教え始める。
写真の中にある新しい料理がどんなものであるのか、表情に出して驚きながらリドルの話を真剣に聞き始めた。
「なんだか、味の想像つかない」
確かに、写真を見ただけで食べたこともない料理を作るなんて芸当は、いくらでも流石に無理だろう。
大体この様子だとオムライスの中のチキンライスですらは食したことがあるかどうか怪しい。記憶を辿ると、この家でリドルはそういった調味料を見かけたことがない。
しかし、調理台の上に乗っかっているケチャップと卵を見つけると仕方なさそうにリドルは笑みを浮かべ、土間の上に立ち上がる。
「リドル?」
「作るのを見た方が早いだろう。待っておいで、今作って上げよう」
「リドルが作ってくれるの!」
たかがオムライスの作り方一つで瞳を輝かせるにリドル思わず口許が綻ぶ。
「ああ、はセンスがあるからすぐに覚えられるだろう」
子供ながらに知識を貪欲に吸収するは新たな事を教えればすぐにそれを覚えた。故に自身の教えた大半の魔法はすでに習得済みで、知能が高いのではないかと思ったのも一度や二度の事ではない。
「まず材料の確認からだな」
呟くと、途端にの表情が変わる。
子供じみたものではなく、大人が何かをじっと監視するような視線。
ずば抜けた集中力でリドルの作業の一つ一つを見て、頭の中に叩き込んでいるようだった。応用力も相当なので普通の大人からみれば、少し空恐ろしい子供なのかもしれない。
普通のマグルの学校に行ってしまえば、今ごろ退屈な授業にその才能を摘まれていた事だろう。いっそこのまま独学で社会に出た方が世間知らずという点を差し引いても十分に暮らしていける素材だ。
「だしまきたまごよりは、覚えやすそう」
「コツさえ掴めば簡単な料理だからな」
手際良く作業するリドルに一時だけ視線を合わせ、優しく笑うと、また集中し始める。
綺麗に焼かれた卵がチキンライスを包むと、も安心したように表情を緩め脳の中で全行程を復習しながらその場を離れる。
一人分にしては随分大きなものが出来上がってしまったが、用意された二膳の箸にリドルは苦笑して畳の上に上がり壁に寄り掛かるようにして立てられた小さなテーブルを用意した。
大きなオムライスの乗った皿と、小皿を二枚持ってきたは礼儀正しく両膝を揃えてリドルの正面に座る。
「これを食べるのはスプーンの方がいいかな」
笑いながら、その箸を杖で叩くと一人分の箸は二人分の銀製のスプーンに変化した。
「スプーンって、リドルがいつも使ってるお匙のこと?」
「そういうことかな……また今度テーブルマナーを教えて上げよう」
「ホント! ありがとうリドル!」
子供というのは礼儀作法を教えようとすると、反射的に嫌な顔をするものだがは本当に、どんな小さな事でも自分の知らない事を教えられるのが嬉しくてたまらないらしい。
「冷めないうちに食べようか」
「はい。いただきます」
そう言うとはおずおずとスプーンを取り分けたオムライスに延ばし、一口口の中に放り込んでみる。
一瞬、不思議な味に何とも言えない表情を作ったようだったがすぐに表情が綻びおいしいとリドルに一言だけ言った。
「そうか、よかったな」
「うん、凄く美味しい。何て言えば分からないけど……ねえ、リドル」
「なんだい?」
料理の本に目を配らせて、困ったようにするは遠慮がちに話を切り出す。
「あの……また、時間が空いたらでいいから、他の料理も教えて欲しいな」
「教えるといっても、そんなに多くは知らないが」
「知ってる分だけでいいの。わたしね……リドルの教え方、凄く好きだから」
両手に水の入った硝子のコップを持って、うまく表現しようと言葉を探しながらは赤い顔をしながらリドルを見る。
「あ、あの……リドルが嫌だったらいいの。自分で頑張るから!」
「いや、私は構わないよ」
「ありがとう、リドル! あのね、わたし、リドルの教え方が一番好き! リドルに教えてもらうと凄く上達する気がするの」
「……そうか、ありがとう」
自分の言葉に礼を言うリドルに、一口水を飲んだは首を傾げて、相変わらずの笑みを浮かべた。
「お礼を言うのはわたしの方だよ。これからもよろしくお願いします、リドル」
「ああ、これからもよろしく。」
柔らかい風が黒髪を撫でつけた。
二人は軽く笑い合った。