曖昧トルマリン

graytourmaline

谷陰の薄雪

 縁側を見ると、はまたあの猫と話し込んでいる様子だった。
 障子が開け放たれた部屋から一人と一匹の様子を見ることを決めたリドルは、彼らの背が良く見えるその場に座り込んで茶を啜る。
 猫の方は彼に気付いたらしく一瞬目を向けたが、小さな子供の方はなにやら考え事の最中らしく奇妙な唸り声を上げながら頭を抱え、座り込んでいた。
 猫との組み合わせでは、これは割とよくある光景だったりもした。
「むう」
 また猫に難題でも出されたのか、は頬杖を付いて背中を丸く縮ませる。
「どうだい、降参かい?」
「こーさんなんかしないもん」
 明らかにご機嫌ナナメな口調と台詞に、彼らの背後で会話を聞いているリドルが一人笑いを堪えていた。
 今彼の正面に回れば、それは素晴らしいぶすったれた表情が拝めることだろう。尤も、リドルが視界に入ると彼は常に常春のような笑顔を浮かべ駆けてくるので早々機嫌の悪い表情というのは拝めるものでもないのだが。
「絶対にといてみせるもん」
 無理だろう、と再びリドルは笑いを堪える。
 あの猫は性格が悪い。リドルをもって言わせても、相当悪い。
 口論の類ではいくら頭の回転の速いでも流石に太刀打ちはできない相手だ。それでなくともこの少年はクイズや推理などといった言語を必要とするものがあまり得意ではない方なのに。
 逆に言えばパズルやボードゲームなどの言葉の意味を汲み取らなくてもいい類のものはリドルでも舌を巻くほどの腕前を披露してみせる。
 以前ハンデなしでチェスの相手をさせてみたら、危うく負けそうになったくらいだ。
 曰く、将棋や碁のようなこの手の類のゲームは、リドルに出会う以前から幽霊たち相手にしていたからなんとなく出来る、だそうだが。
「……うー」
「無理そうだねえ」
「ムリじゃないもんっ」
 明らかに血が上っている返答に、今度は猫までもが笑いを耐えるように奇妙な笑みを浮かべている。
 大体、の語尾に「もん」が付くと、彼自身は気付いていないがあの小さな頭の中は既に混乱しているのだ。一種の判断基準というやつだろう。
「ではもう一度訊ねるよ? 麒麟を冷蔵庫に入れるために必要な三つの手順を答えておくれ」
 それを聞いた瞬間、リドルがついに耐え切れず吹き出した。
 その声を聞いてようやくも背後に彼がいることに気付き、まるで子犬のように縁側からリドルに向かってわたわたと走り出す。
「リドーさん!」
 先程の不機嫌はどこへやら、天真爛漫な笑みを浮かべてリドルに抱きついた子供に彼も笑顔で迎えた。
「またあの猫に苛められたのか?」
「失礼な子だねえ、この子の苦悩振りを隠れて笑っていた癖に」
「私はずっとここにいたから隠れてはいないし、笑ってもいない」
 少なくとも、表情に出しては。と心の内で付け足す。
「リドーさんのこと笑ってたの?」
「笑っていないよ。吹き出しただけだ」
 を抱き締めながらそう言うと、彼も納得したのか絆されたのか、特に深く考えないままリドルを抱きしめ返して笑った。
「この子の将来が心配になるよ」
 その様子を見て呟いたのは先程の猫で、確かにリドルもそれには賛成だった。
 もう少し、世間一般というものと、人間という生物について教えなければならないようだ。
 大体普段から人間は酷い生き物だと教えられ続けているのに、リドルに対してのこの異常なまでの無防備加減は如何なものだろうか。
 無論、にしてみればリドルがリドルであるからに他ならない。それについての自覚症状はリドルにもあるにはある。
 つまり、リドルはにとって皆の言う人間とはかけ離れた存在らしい。
「それで、答えは見つかったのかい?」
 猫の一言で、腕の中でほにゃほにゃと笑っていたの表情が険しくなる。
 面白い、とこの時リドルは思った。
 けれどやはり、口には出そうとしない。
「うー」
 助けを求めるように見上げた先には微笑したままのリドル。
「では続きだ、象を冷蔵庫に入れるために必要な四つの手順を示してくれ」
「えっ?」
 その助けを求めた人物は、その表情のままにクイズを出していた。
 どうやら彼も、少しこの子供で遊びたくなったらしい。
「更に次だ、獅子が動物皆を集めて会議を開いた。しかし、それに欠席した動物がいる。それは誰だ?」
「んー」
「最後に、鰐の住む川がある。ならどうやって渡る?」
「んと、退いて下さいってたのんで、ムリだったら殴り倒して渡るよ?」
 最後の問いに素で答えたに周囲の空気が止まる。
 確かに、不可能ではない。
 いや、寧ろならば鰐の背に乗せてもらって川を渡ることだって可能だろう。
、これはクイズなんだ」
「うん」
「だから、不正解」
「……!」
 笑顔で不正解と言い渡されどうやらショックを受けたらしい、とリドルは冷静に判断した。
 その一方で、今や可愛らしいこの少年のボケと反応に笑いを必死で堪えるリドルも、確かに存在している。
「ほら、。そんな顔をするな」
 途方にくれた子猫のような表情をするを抱き上げると、魅力的な餌を彼の前にぶら下げてご機嫌を取る事にした。
「そういえば随分前にが美味しいと言っていた紅茶、さっき届いたそうだぞ」
「……むう」
「ついでだから、焼き菓子もいくつか注文しておいたんだが」
「……」
「ああ、あと荷物の中に魔法書も何冊かあったな」
「ほんと?」
 見事なまでに餌に釣られ見に行く見に行くと腕の中ではしゃぐ姿に苦笑して、彼はを抱え上げたまま部屋を後にした。
 残された猫はそんな二人を見送ると、毛を繕うように顔を撫でてゆっくりと目を細める。
 因みに後日、結局解けなかったクイズの答えを聞いたは、その理不尽さに大層臍を曲げリドルを楽しませたらしい。