峰の白雪麓の氷
「あ、うさぎさん」
林の残る雪の中を差し、がリドルの服の裾を引いた。
呂律の廻っていない舌で嬉しそうに笑う少年の手を握るために男は腰を屈め、少し低めの視線から毛玉の塊のような動物を見つめる
「本当だ……よく気が付いたな」
綿入りの羽織の所為で普段より丸く見えるは普段より一層危なっかしい様子で灰色のそれに近寄った。
林の入り口までせっかちに歩いていくと、その場にちょこっと座り込んでうさぎが自分に寄ってくるまで待っている。そんなの行動を微笑ましげに眺めながら、彼はポケットの中の時計で時刻を確認した。
「はうさぎが好きなのか?」
「うん! でも、うさぎさんじゃなくても好きだよ」
白い息を吐き出して木の向こうに佇んでいる動物を見ている黒い瞳がふわりと緩む。紅い瞳も、それにつられて緩んだ。
「でもね、一番はリドーさんだよ」
無邪気な言葉にリドルはしばらく黙って、飽きもせずにうさぎを眺めている少年に問い掛けてみる。
「二番は?」
「みんな!」
笑顔を輝かせながら言うの声に再びリドルは黙って、今度はそのまま黙りつづけた。
不思議そうに、隣に座る男を見上げた少年は首を傾げてみる。
「みんなっていうのはね、おばあちゃんとか、ヤマワロとか、ザシキワラシとかだよ」
じっとりドルを見つめた視線がうさぎに戻ろうとしたが、その時は既に姿はなく少し残念そうにしながらは立ちあがった。
隣に座っている男の首に厚い綿入りの布越しで短い腕を回す。
「?」
「ええとね、の一番はリドーさんなの」
つま先で立って、肩幅の広い体にしがみつく小さな手が愛しく感じた。まだ幼い少年が放った言葉を真剣に、ゆっくりと受け止めながらリドルはふくふくとした体を抱き上げる。
首筋に冷たく柔らかい頬が触れ、白い額にキスを落とした。
「私もだよ、」
そう言いながら、腕の力を少しだけ強くする。
ふぁっと綿の感触がした。
「私も、が一番好きだ」
「リドーさんも、と一緒?」
離れないように、小さな手が精一杯肩の布を掴んで希望に満ちた視線を大人に向けた。
何よりも強い関係をこの少年が望んでいるのか、彼にはそれはまだ理解できずにいる。それでも、自分はそう望んでいる事を判っていた。
「一緒だよ」
自分の想いの方が遥かに強い事を知りながら、彼は等しい感情だと微笑んで言った。
それはまだ、それ以上の想いをこの少年が知らなかったからかもしれない。
「そうだ!」
「うん?」
「おうちに帰ったらね、雪うさぎさん作るの!」
だから降ろしてください! と可愛らしく胸を張って言うにリドルは口元を緩ませながら草の上に降ろしてやる。小さな雪駄でまだ残る雪の上を走り出すと、転ばないかと心配しながらもその小さな背を見守っていた。
林の近くまで走っていったは赤い実のなった枝を少しだけ取りすぐに戻ってくる。その勢いで高く抱え上げると嬉しそうな声を上げて笑い出した。
「それで雪のうさぎを作るのか?」
「うん、かわいいの作ってね……それで、リドーさんのも作ってのとお盆に並べるの」
深い緑の葉と真っ赤な実をつけた枝を大切そうに抱えながら、これから何をするのか楽しそうに語る腕の中の子供を穏やかな視線で見下ろす。
小さな左手は相変わらず服をしっかりと掴んでいて、そんな幼い姿がまた愛しくて、リドルはそっとの体を抱き寄せた。