曖昧トルマリン

graytourmaline

冬の雀

 雲の向こうにうっすらと顔を出す程度の僅かな光しかないはずなのに、視界が一面白の所為なのか乱反射して酷く眩しい。
 縁側に座っていたリドルは室内に視線を戻し赤い瞳を休ませる。
 雪などさして珍しくもないはずなのにじっと見てしまうのは、異国情緒溢れるこの庭を隠す白が祖国のものと全く違うものに見えたからかもしれない。
 何の気配もない庭園を再び視界に入れ、吐く息を辿って白色の空を見上げる。
「リドーさん? そんなとこにいると風邪ひーちゃうよ?」
 さくり、さくり、と雪が壊れる独特の音を立ててが現れる。
 艶のある黒髪を下ろして小さな腕の中には真っ白な布を抱えていた。
 ふっくらした頬を赤くして憂鬱を表情に出してリドルを見上げたの周囲にはいつもの明るさに満ちた気配は無く、女性的な儚さが滲んでいる。
、どうかしたのか?」
「……なんで?」
「いや……いつものと少し雰囲気が違うような気がしたから、としか言えないが」
「……あのね、こっち」
 音も立てずが身体を動かし、ゆっくりとした動きでリドルを家の裏の方まで誘っていく。
 下駄の音も真っ白な粉雪に全て飲み込まれて、敷き詰められた砂利だけがその下で小さな音を擦り合わせた。
 冬だというのに綺麗な青を保つ竹林を抜け、柔らかい雪と土の上を無言で歩んでいく。
 遠くの方に、石が積まれた小さな山が幾つも見えた。
「ここ、お墓」
 はその石たちの前まで歩を進めて膝を折る。
 濃い色をした着物が、雪に濡れた。
「墓?」
「この子、スズメさん。庭のすみで、独りで、餓えて死んでたの。そーゆう子はね、成仏できない子がいるの」
「じょうぶつ?」
「死んだ後に、ちゃんとした場所に、行く事」
 小さな手で雪と柔らかい土を掘り返し始めたの脇で、リドルはその様子をしばらく眺めていた。
「餓えて死んで、成仏できないのはね、とても苦しいから。でもは成仏させてあげることが出来るから。多分、だけど」
 そこまで言うとは黙ってリドルを見上げ、真っ白な息を一度天に昇らせてから大きな瞳を真っすぐに向けた。
「ねえ、リドーさん。これって偽善って言うの?」
「……いいや、私はそうは思わない」
「そう」
 白い指先が黒く汚れ、寒さに真っ赤になっている。
 時折は自分の息で手を温めながら、また穴を掘り始めた。
 ただ二人の人間の間には無言の時間だけが流れて互いが言葉を交わそうとしない。
 手の平まで土で黒くしたはやがて穴を掘るのを止めて白い布に包まれたそれをそっと中に納め、土をかけ石を積み上げ始める。
 積み上げられた石の上で手を合わせ、しばらく沈黙していたはふわりと肩に触れた粉雪に漆黒の瞳を空へ向けた。
?」
「……帰る」
 冷え切っているのだろう。自然によって作られた美しい形をした氷の粒は髪の上に落ちても消えることはなかった。
 が歩き出すと雪の下の枯葉が小さな音を立てる。
 物静かな世界の中に、ただ、その音だけが響いた。
 深々と雪が降る。
「……あのね、リドーさん」
「なんだい?」
が死んだら、リドーさん、悲しんでくれる?」
「え?」
 二度は言わず、雪の中を歩き出したにリドルは一瞬だけ戸惑いその小さな肩に手を伸ばした。
「悲しむよ」
「……」
が死んでしまったら、私は悲しい」
「……ほんとう?」
 縋るようなの視線にリドルは緩く微笑んで小さな身体を抱き上げた。
 冷たい。
「死ぬなんて言わないでおくれ。お前も私も悲しくなるだろう?」
 うっすらと泣いているの頭を撫でその腕の中で暖めるようにやんわりと包み込んだ。
「リドーさん」
「なんだい?」
「ごめんなさい……ありがとう」
 大きな肩に顔を埋め声を殺して泣いているに、リドルは何も言わない。
 ただ優しく髪を撫で、ゆっくりと家に向かい歩き出す。
「不安だったんだな」
 血の繋がる者から愛されない子供。狭い世界しか知らない子供が想像したのはいつか誰にも知られず、何も思われずに死んで行くかもしれない漠然とした未来だったのだろう。
 あの雀に、自らを重ねてしまったのだろう。
 どれだけ健康でも、若くても、ふと想像した死への不安など拭いきれるものではない。人は必ず死ぬのだ、だからこそリドルは人を超えた存在になりたかった。
 いずれ機会が重なればにも超えさせるつもりの、生と死の境界線。
「大丈夫だ、。お前には、私が居る」
「……うん」
 考えまでは表わされていないリドルの言葉に、は小さく頷いて肩に頬を寄せる。
 暖かい小さな手が首筋に触れた。
「そばにいて」
 その日は夜まで、雪が降り続いていた。