洗濯物日和
太陽に似た笑みを浮かべたその幼子はリドルの隣にちょこんと座り、水饅頭と氷の浮かんだお茶をリドルに差し出す。
今更になって、リドルは咽喉の渇きを覚えありがたくそれを口に含むと、その笑顔のままがとんでもない事を言いだした。
「リドーさん、ぬいで欲しーの」
予告もなくそう言われ、リドルは飲みかけたお茶を吹き出しそうになった。
盛大にむせるリドルには不思議そうに首を傾げ、言葉を続ける。
「おセンタクするから、リドーさんのお服欲しーの」
「あ、ああ……なんだ、そう言う事か」
他に一体何を想像していたのかは不思議に思ったが気には止めず、リドルは何とか面目を保つ事が出来たようだ。
畳まれた替えの浴衣を差し出され、シャツを脱ぎに渡すと首を傾げられた。
「……?」
「どうした?」
「ゼンブだよ?」
「下着もか……?」
「うん、ぜーんぶおセンタクするの」
はじっとリドルを見上げ、いつ服が脱がれるのかとじっと見続ける。
着替えを始終見られるのは気分の良いものではない、リドルは背中での視線を感じながら思った。当の本人は何も考えてはいないのが救いである。野郎にストリップショーを披露されて喜ぶような子には育って欲しくないと父親のようなことを考えた。
「これでいいのか?」
「うん! じゃあはおセンタクしてくるね」
「がやるのか? あの魔法生物……ヤマワロというのは?」
「山童はおヨーフク洗えないの」
山童というのは、猿から人間に進化する合間の姿をした毛むくじゃらの大男だった。
一説によると河童の陸に上がった版とか、山の神の子とか言われているが、詳しい生態は不明である。
はったいという炒った大麦を差し出せば大抵の仕事を手伝う害のない妖怪で、労働環境がいいのか何匹かこの家に住み着いている事をリドルは知っていた。
「洗い方がわからないんだって。センタクキはシーツ洗ってるの、だからがやるの」
短い両腕一杯に洋服を抱えるを見て、リドルは慣れない様子で帯を結び、その腕に抱えられた洋服を代わりに持った。
「リドーさん?」
「一人では大変だ、手伝おう」
「リドーさんがお手伝いしてくれるの?」
「駄目かい?」
「ううん、この間ね、おばあちゃんが言ってたの。リドーさんがやりたいならいーって」
はにこりと笑って、縁側から庭へと出た。リドルもそれに続き、井戸の前までやってくると大きなタライの中に水を汲み始めた。
「手洗いするのか?」
「うん。夏はね、こうするの好き。でも冬は冷たいから、お手てがちょっといたいの」
洗濯板を持ったはリドルの腕からシャツを取って襟足を水に浸す。
その様子を見て、リドルの脳裏には真冬の庭で手を赤くして洗濯をする幼子の姿が思い浮かんだ。しかも、異常なほど古い薄着の服を一枚着込んだだけという格好で。
屋敷の主の孫にそんな下働きのような姿をさせる訳がないが、しかし妄想は納まる様子がない。忌々しい孤児院時代の記憶が色々と脚色をしているに違いないと冷静になろうとするが、どうにも無理だった。
「、ちょっといいかい?」
「なあに?」
リドルは杖を取り出し、簡単な魔法をかけると洋服はひとりでに洗われ始める。それを見たは興味を持ったのか、すぐに綺麗になっていく服とリドルの杖を見比べ瞳を輝かせた。
「マホーってこんなのも出来るの?」
「使い方によってはな」
「じゃあもいっぱい勉強して使えるようになる!」
「いや、それは……」
才能はあると見えるのだが、どうにも方向性の違う、主に家事でしか使いようがない魔法をが覚えそうで、リドルは少し不安になった。
花嫁修業という単語が脳裏に過ぎる。
「……そんな事、許してたまるか」
が男だとかそう言う問題でなく、リドルの場合がどこぞの馬の骨に誑かされるのが大問題だった。
先程の妄想といい、着実に父親思考が染み付き始めているのだが自覚して尚歯止めが利かないとなると最早受け入れるほうが楽なのかもしれない。
そんなリドルの内心など知る由もないは、困ったような顔で首を傾げる。
「リドーさんは、がマホー使えるよーになるの反対なの?」
「いや、その事じゃない」
「そーなの?」
瞳を潤ませていたは、安心したように笑い綺麗になった服を持って井戸の反対側の、竿のある場所までリーチの短い足をせかせかと動かす。
「もね、いつかリドーさんみたいなマホー使いになるの」
「そうか」
「だからね、がリッパなマホー使いになるまで待っててね」
「……は?」
きっと今の自分はとても間抜けな顔をしているのだろう。リドルはそう思ったが、の言葉をどう解釈していいのかわからず、結局小さな背中を見つめたまま悶々と悩むのだった。