曖昧トルマリン

graytourmaline

べネチアングラス

「リドーさん、それなあに?」
 トランクの中に入っていたのは綺麗なガラス細工のピアス。失礼かもしれないけど、リドルさんにはあんまり似合いそうにない物だった。
「ああ、これか。貰い物のイタリア土産だ」
「イタリアって、長ぐつの形の国?」
は物知りだな」
「えへへ」
 だって本で見たことあるから。ただ、時間が余って仕方がなかったから読んでいたんだけど。
 でも褒められることなんて初めてだから、なんだか照れくさい。
「きれいな青色ね」
 空の光に透かされた深い青色が、とても綺麗だった。
「夜になる前のね、お空の色に似てるね」
「……そうだな」
 リドルさんはそれを畳の上に置いてトランクの片付けを再び始めた。私は光を浴びて畳に青い光を下ろしているそのガラスをじっと魅入っていて、動こうとしない。
 夜になる一瞬前の空色、深い海の水底色、朝露に濡れた露草色。
 うーんと、あとは。
?」
「えっ?」
「どうした?」
「ううん、なんでもないよ」
 綺麗な綺麗な深い青の硝子。
 光り物が好きだなんて、まるで烏みたい。
「あっ、そうだ。あのね、西瓜が冷やしてあるんだよ。一緒に食べよう」
 あんまり見ていると、そればかり見るようになるから、朝から冷やしておいた西瓜のことを思い出したフリをして部屋を離れようとする。
「スイカ……あの実の大きな、赤い種の多いヤツか?」
「うん、そーだよ」
「……一人で出来るのか?」
「えっと、えっと……みんなに手伝ってもらうの」
 いままでは山童がよく手伝ってくれたし。私よりも大きな座敷童も、他の妖怪たちも手伝ってくれるし、きっと大丈夫。
「……手伝おう」
「リドーさんはお客サマよ?」
「私は居候だよ」
「イソーロー?」
 それって、ぬらりひょんみたいなの?
 なんだか……ちょっと違う。だいぶ、違うような気がする。
の仕事を手伝いたいんだ。何もしないのは心苦しい」
「う、うー……でも」
「私が手伝いたいんだ、いいだろう?」
「リドーさんがお手伝いしたいの?」
 リドルさんがしたいなら構わないけど。
「ああ、そうだよ」
「じゃあね、あのね、こっち来て」
 踏むと痛いだろうから畳の上のピアスを拾い上げて、リドルさんに渡すと台所まで案内するために廊下に出た。
 縁側から見える池には最近どこからともなくやってきた人面魚が鯉と一緒に池の中を泳いでいる。話を聞いてみると世間に疲れたって言って……あ、撥ねた。
、その前にちょっとおいで」
「うん?」
 部屋の敷居の外から顔を覗かせると、リドルさんが膝を折って私の首へと銀色の細い鎖をかけた。先には、二つの青い光。
「リドーさん、これ、リドーさんの」
「ああ、いいんだ。私には必要のない物だから」
「ダメなの! コレはリドーさんのなのっ!」
 鎖の先に繋がっていたのは、さっきの青いピアス。綺麗だったけれど、とにかく喜んで受け取れない物だった。
「リドーさんが貰った物なのに!」
「私は青より緑が好きだし、第一ピアスは使わないんだ。同じ持っているならに渡した方がこれも喜ぶだろう?」
「でもリドーさんのなのっ! のじゃないのっ」
 リドルさんは、私に手を焼いているように見えた……別に困らせたい訳じゃないけれど、だってこれはリドルさんの物だし。
のじゃ、のじゃないの」
、わかった。だから頼む、泣かないでくれ」
「泣いてないの、男の子だもん。だから泣かないのっ」
 ぼろぼろと涙を流しながらそう言う私に説得力はない。誰か、涙の止め方を教えて欲しい。
「……、ちょっといいかい?」
「う?」
 袖で目許を拭いてくれたリドルは、銀色の鎖から一つだけピアスを外して目の前で同じ物をもう一つ作った。
「ほら、これでお揃いだろう?」
「……とお揃い?」
「そうだ」
のリドーさんとお揃いっ!」
 服を掴んでようやく笑った現金な自分に、リドルさんも苦笑する。
 本当に私は、迷惑ばかりかけている子供で……少し恥ずかしい。
「これならいいだろう?」
「あのね、あのねっ。誰かにお揃い貰ったの初めて」
「嬉しいか?」
「すっごく嬉しい! ありがとうリドーさん!」
 リドルさんは笑いながら頭を撫でてくれて、照れくさかった。
「気を取り直してくれたかな?」
別に怒ってなかったもん」
 縁側を歩き出したリドルさんに付いて行きながら、頬を膨らませる自分にどこからともなく笑い声が聞こえる。
 座敷童たちが笑っているのだろう……多分、全部見られているはず。
「どうした」
「いいもん、みんなに見せびらかすから」
「こらこら」
「だってリドーさんに貰った物だもん」
 リドルさんの袖を掴んで隣を歩き出すと、胸より下で銀の鎖と青いガラスが揺れた。
の宝物にするんだもん」
 その言葉に、私たちは笑い合った。