イトーヨーカドー
特に、売り場の女性係員から。
『ええと、おとーさんのお服買うんです』
『そうなの。お嬢ちゃん、サイズは分かる?』
『……わかんないです』
随分と愛想のいい女性の店員と日本語で話しているはリドルの服の裾を強く握ったまま首を横に振っている。
日本人寄りだがよく見ると混血だと判るなので、誰も二人を疑わずに親切に接してきてくれている。
が完全な日本人顔だった場合、リドルは今ごろ違う視線を浴びていたに違いない。
「おとーさん、おとーさん。あのね、おーきさはこの位でいーの?」
「ああ、そうだな。しかしそのズボンは……」
「うん。裾、短いね……ちょっと待っててね」
幼いながら立派に通訳を務めているは、また女性の店員を振り返って何か聞いているようだった。
五歳児にしては、かなりしっかりしている。
「……リ、おとーさん。これシチャクするんだって、一番長いんだって」
「試着?」
「うん。あそこのシチャク室で着てって、待ってるからね」
そう言われてジーンズを渡されると、かなり狭い試着室にリドルは入っていった。
『ねえ、お嬢ちゃん。ところで、お母さんはいないの?』
『……おかーさんは、遠い所にいるんだよって、聞きました』
困ったようにが口ごもると、店員もいけない事を聞いてしまったように少し戸惑ってから日本人独特の曖昧な笑いを浮かべてなんでもないのよ、と言う。
は今どこかで暮らしているはずの両親を思い浮かべながら、小さな手を握った。
「? どうしたんだ?」
カーテンが開くとジーンズを片手に持って微妙な表情をしたリドルがを見て、次に店員を軽く睨み付ける。
「おとーさん、なんでもないよ? なんでもないよ。それよりサイズ……短いね?」
「短い上にウエストが緩い。ベルトが必要だな」
「ベルト? それならお家にあるけど、新しいの買うの?」
「いや、余り無駄遣いはするべきじゃないからな。必要ない」
「……」
「?」
黙って自分を見上げる幼い少年に、リドルは困惑して抱き上げる。
リドルに簡単に抱き上げられたは花開くように笑って、照れたように顔を赤くしながら幼い口調で言った。
「きょーは、おとーさんなんだよね」
「……ああ、そうだな」
質の柔らかい黒髪を撫でてリドルはほっとしてを床に降ろす。
「だから今日は、の好きなだけ甘えていいんだ」
「え?」
「私は父親だろう?」
「う、うん」
「家族なのだから、遠慮することはない」
試着品を脱いで店員に渡し、売り場から離れるリドルにもついて行く。
家族、という言葉が聞き慣れないのか、少し戸惑った表情のままリドルを見上げ、少しだけ首を傾げてから、頷いた。
「あっ、あのね、おとーさん……」
「なんだい?」
「あとでね……」
「……?」
続きの言葉がよく聞こえなかったのか、リドルはの手を握りもう一度言ってくれないかと尋ねる。
「ええと……また、抱っこ、して欲しい」
「いいよ」
「ホント?」
ただ抱かれるだけで顔を輝かせるにリドルはいま手に持っている荷物を恨めしく思いながら言葉を続けた。
「そのくらいなら、家にいる時でもしてやろう」
「いーの?」
「構わないよ。もっと甘えてくるといい」
それだけ言うと、リドルはさっきよりも少しだけ強く握ってきたの手を握り返し、やんわりと微笑むのだった。