曖昧トルマリン

graytourmaline

手を繋ぐ

 リドルが家に押しかけて居候生活を始めて一週間になろうとしたその日、彼は訳も分からず車に押し込められてどこかの大きなマーケットへと連れて来られた。
「リドルさん、今日一日あなたはさんのお父さんですからね」

「は?」

「リドーさん、きょーだけのおとーさんになるの?」
「そうですよ、さん。と言うことで、私は用を済ませてきますから後はご自由に」
「……え?」
「迷子にだけはならないように。いい大人が呼び出しなんて情けないでしょう?」
 一方的に会話が終了し、まったく内容が掴めていないまま置き去りにされる。
 つまり何だ、リドルはなんの予告もなく言葉も通じない異国の大型マーケットに五歳児と共に放り出されたのだ。
「じゃあね、最初はリドー……ええと、おとーさんのお洋服買うの」
 律義な文字の羅列が記されたメモ用紙を手には見知った場所なのか、せっかちに歩き出した。
 しかし慌ててそれを追うリドルに気付いたのか、リーチの短い足を止めてリドルをじっと見上げる。それからおずおずと手を差し出して、リドルの長い指を遠慮がちに握った。
「あのね、はぐれちゃ駄目だからね……お手て繋ぐの、いい?」
 がそう言うと、リドルはクスリと笑い小さな手をやんわりと握り返した。
「そうだな、はぐれるかも知れないからな」
「うん!」
 リドルの手をぎゅっと握ると、エスカレーターのある場所まで歩いていく。
 この国の人間ではないからか、元の外見が整っているからか、リドルとは妙な存在感があり、目立ちたくなくても目立っていた。
 は気にしていないのか何度も何度もリドルと離れていないのか振り返るだけでリーチの短い足をせかせかと進ませる。
「あのね、あのね」
「どうしたんだ?」
「あのね、お手て、離さないでね。ね、リドーさんと離れたくない」
 周囲の人間を怯えるように手を強く繋いだは、リドルの側に寄り添いながら言った。
「大丈夫、離さないよ」
「ほんと?」
「ああ、離しはしない」
 出来る事ならいつまでもという言葉を飲み込み、の髪を撫でながら、リドルは微笑んだのだった。