曖昧トルマリン

graytourmaline

祈りて揺らぐ

 ガラスの向こうで沈みきってしまった太陽から目を逸らす。続は落ち着いた雰囲気の店の光に反射する時計に目を落とし、次に携帯電話の着信履歴を確認しながら席を立った。
 昼間、に伝えた時間から既に2分が経過している。
 あの従兄弟は時間前行動が苦手だったが、だからといって杜撰という訳ではなく、連絡もないまま約束の時間に遅れるような事は例外を除き一度もなかった。ほんの数分でも遅刻が分かった時点で、必ず謝罪の言葉を伝えて来た。
 場所を告げるのを忘れ、あの後、しばらくしてから続は再度メールで連絡したが、その返信もない。もしかしたら既に昼食会が開かれているかもしれないからと、さほど気には止めていなかったが、流石に様子がおかしいと続も気付き店の外に出る。
 周囲を確認してもらしき人影はおらず、焦る気持ちを落ち着かせながら彼の携帯を呼び出した。
 十数回コール音が鳴ると、返って来たのは持ち主の声ではなく電源が入っていない事を告げる女性の声。それが、事の重大さを示すものだった。例外が起こったのだ。
 身の安全の為に、常に従兄弟の誰かとは必ず連絡が着くように心掛けているが携帯の電源を切っているなんて事はありえない。1人で電波の届かない場所に行く事もまずありえない。いや、それ以前に昼食会が終了した時点で、彼なら連絡の一つも入れるはずだ。
 油断した、が中学に上がってからは未遂ばかりで、時折刺激が訪れる平和な日常という名のぬるま湯に慣れ切っていた。そうやって幾ら続が後悔しても、何もかもが遅い。
君に近付く不埒な輩は全て潰したと思っていましたが……一体どこから湧いてくるんでしょうか。どんなに消しても、切りがない」
 落ち着いた口調とは裏腹に、計り知れない不安と怒気を纏いながら続は自宅へと連絡を着ける。幸い、電話口に出たのは彼の兄だった。
「兄さん。ぼくです」
『続か、どうしたんだ。と食事をしているはずだろう?』
「その君が姿を現しません」
 続が短く告げると、からかい混じりの口調だった始の雰囲気が一変した。
「携帯の電源が切られていて連絡が着きませんでした。ぼくは例のピアノ講師を問い詰めに行きますから叔母さんへの連絡をお願いします」
『分かった。おれも連絡をしたらすぐにを探しに出る、念の為に終と余を家に残しておくが、おそらく連絡はないだろうな』
「ええ、今までがそうでしたから。それと兄さん」
 妙に冷めた口調で返した続は、機体が悲鳴を上げる携帯に構わず兄に念を押す。
「もしも先に君を発見しても、犯人を殺さないようにしてください」
『……それはおれが、お前に言いたい台詞だよ』
「ご心配なく。まだ理性は残っているので殺しはしませんよ、殺しはね」
 物騒なものを含んだ言葉に始は何も言わず、通話を切った。
 携帯をしまうと人目に付かない場所からビルの屋上に飛翔し、ネオンの光で浮かび上がった秀麗な顔に艶やかな笑みを浮かべながら、見えない相手に向かって死刑宣告に等しい言葉を呟く。
「勿論、死んだ方がいっそ楽だと思える程度には痛め付けますけれど」
 危険な光を帯びた眼光は、西の彼方に沈み切った太陽を捕らえていた。