曖昧トルマリン

graytourmaline

祈りて揺らぐ

 昨夜、正確には今日の朝まで散々好きにされた結果、当然の全身は筋肉の疲労により悲鳴を上げた訳で、特に腰なんかはもう歩くだけでも辛かった訳である。はっきり言って、同い年の従兄弟の助けがなかったら学校にすら辿り着けなかっただろう。
「手加減しろっつーのあの色ボケのド畜生が!」
 週が開けたばかりだというのに残り僅かな気力でその日の授業を終えたは、軋む体を引きずりながら教室を出て、一刻も早く家に帰って男としてありえない痛みを訴えている体を休ませたかった。
 一晩中快楽に呑まれ酷使された体は既に限界に達しており、この痛みがなければ、きっと授業中に机に伏して爆睡していたに違いない。
 だからと言って感謝するかと吐き捨てる。
「なーんでおれ、あんなのと付き合ってるんだろーなあ? 意地悪いし嗜好も最悪、いいのは顔だけ。運転は荒っぽいわ、口は悪いわ、性格は最悪だわ、おまけにやたらと寝たがる上にペド野郎だし?」
 気絶寸前の頭で朝日を拝み、恋人の手で朝風呂に入れられるも体中には鬱血の跡が残り、体力も回復せず。昨夜も昨夜で嫌だというのに押し倒し、ドロドロになるまで融かした後で寸止めしてから恥ずかしい言葉を要求して来る。
 発情期の畜生だってもっとマシなセックスをするだろう。何故続と付き合っているのか理解出来ない。別に、恋人同士じゃなくて、従兄弟同士でも問題ないはずだと、は恋人との関係に疑問を抱きつつあった。
「……でもさ、好きなんだよなあ。やっぱ、従兄弟じゃ足りないんだよなあ」
 滅多に人の通らない階段に座り込んで、腰をさすりながらゆっくりと溜め息を吐く。
「好きで好きで仕方なくて、もう続ちゃんがいないと駄目なんだ。続ちゃんがいるから、こんなに浮かれて巫山戯られるっつーか、安心して色んな事出来る。うーん? ちょっと立ち止まって考えてみようか、って事は、おれ安心できる年上なら誰でもイケちゃう?」
「浮気なんてしたら続兄さんが駄目になるんじゃないかな? それよりもが何処かに閉じ込められちゃうよ」
 そうして階段に座りながら呟いていると、上方から声が降ってきた。
 聞き慣れたその声。恋人の弟であり、自分の従兄弟の。
「余ちゃん、どしたのさ!」
が心配で」
 天使のように笑う余には条件反射のように抱き付く。
 余もそれが挨拶と分かっているので、楽しそうにの体に抱き付いて、必要以上に抱擁を繰り返した。が余に懐いているのか、余がに懐いているのか、それとも両方なのか、本人たちは至って自然体の付き合いをしているつもりだが、大半のクラスメートは1番目だと認識していた。
「続兄さんも、不器用だね。と両思いって分かってるなら、もうちょっとだけ手加減してあげればいいのに」
「無理無理。なんつったって続ちゃんは不器用の代名詞である始ちゃんに純粋培養された弟ちゃんだし。始ちゃんはアクセルぶっ壊れてて速度出せない方で、続ちゃんはブレーキがイカれて暴走が止まんない感じ? 方向は違っても不器用なのはしゃーないのさ。一応嫌な時は嫌って言ってるけど、最後は恋人として全部受け止めてあげないとね」
「そうやって言えるは大人だね」
「続ちゃんが好きだからってだけで大人な理由じゃないんだけどねえ」
「さっき年上なら誰でもいいって言ったのに」
「それはあくまで疑問形」
 見習い天使みたいな顔をした2人が声を立てずに笑い合い、オレンジ色が降る階段の下で話に花を咲かせる。そうしている最中、ふと、が表情を変えた。
「でも実際。おれ、続の事が好きだよ、続じゃないと駄目な事が沢山ある」
「うん、分かってる。全部冗談だから、ぼくも流してるんだよ?」
「やっぱりさ、余ちゃんが竜堂家で一番聡い気がしてならないよ。余ちゃんって始ちゃんと終ちゃんは露骨に大好きだけど、続ちゃんに対してもブラコンだよね。おれ、そんな家族全員大好きな余ちゃんが大好き」
 従兄弟に向けるには些か大人っぽい笑みを浮かべたに、余もつられて笑う。
 親族達からは何かと子供扱いされている2人だが、家族の関係を捕らえて見る場合、一番洞察力が優れている事はあまり認知されていない。例外は、竜堂家長兄の始くらいだろう。彼は10歳違いの弟と従弟を年相応の子供扱いしつつも、洞察力を買っている節があった。
「よーし、そんな大好きな余ちゃんに、ここ最近のとっておきをお披露目してしんぜよう。はいよ、姉ちゃんのお古のブレザー着て撮ったローアングルの女装写真、ただし下着は流石に自前のボクサーパンツ、あれ、どこ行った?」
……君の事だから、それ、ぼくだけじゃなくて、皆に見せたでしょ」
「まあね! 始ちゃんの反応は予想通りで笑ったよ! 生で見せたげるって誘ったら拳骨食らって2時間説教かまされたけど、そこまで含めて楽しかった。終ちゃんは割とフツーに面白がってくれた、流石終ちゃんだね、おれの冗談分かってる! 彼女ごっこしたげよっかって言ったら続ちゃんに殺されるって拒否られたけど。そこはちょっと残念。それで姉ちゃんはねえ、あ、発見。余ちゃんにも見せたげる。おれ女顔だから洒落にならないくらい似合ってるぜ」
「ぼくはいいや。ところで続兄さんには見せたの?」
 何気なく、ごく普通に、且つ自然に尋ねた余の言葉にはとてつもなく遠い方向を見て哀愁漂う笑いを浮かべた。
 並の女性ならこの笑いで赤面するだろうが、生憎余は常人でも女性でもない。
「……」
「ねえ、。その反応するって事は、続兄さんにも見せたんだよね?」
「うん、見せたよ。見せたって……ああ、見せたともさ!」
?」
 拳を握り、体の激痛も無視して立ち上がったは、窓から見える夕日に向かって心の底から吠えた。
「そしたらあの野郎なあ、姉ちゃん真っ青、終ちゃん爆笑、始ちゃん赤面なスカート姿のおれよりも学ランの方がいいですね、とか真顔でのたまったんだけど!? あまつさえ女装なんかされたら萎えますとか言うんだぜ!? 萎えるって何? 萎えるって何よ!?」
「ええと、つまり続兄さんに女装姿を否定されたのが悔しいの?」
「いや、そーじゃなくてさ。続ちゃんってさ、たまたま男だったおれを大好きなだけでゲイじゃないじゃん? なのに女装とはいえそこらのモデルなんかより顔の整った絶世の美少年たるこのオレ様ちゃんが女装してやったのに萎えるっつーのはどういう了見って話しよ。違和感無さ過ぎな女装よりも男装女子とまで揶揄されるこの学ラン姿の男子中学生見て欲情するって常識人名乗ってる割にかなりどーよ、いや割と変態だけど? それにしたって考え方によっては相当まずいだろ? 余ちゃんとか」
「き、きっと続兄さんは学ランが好きなんじゃなくて! 着飾ってないありのままのが好きなんだよ! 弟としてそう信じさせて! お願いだから!」
 最後に付け足された余計な一言を聞いて自己暗示に走った従兄弟を見ると、さすがに不憫に思ったのかは黙って頷き、そのまま夕日を眺める。
「とまあ、8割本気の冗談はこれくらいにして。おれ、そろそろ帰るわ。体ダルいし、眠いし、ケツも腰も痛いし」
「……いつも思うんだけど、は切替え早いよね。ぼく偶について行けなくなるよ」
 疲れたように笑う余に無邪気に笑い返して一緒に階段を下りる。
 窓から見えた校門を何気なく眺めていると、一台の外国産高級車が学校のすぐ端に停車しているのが見て取れた。
「どうしたの? 
「んー。いや、何でも?」
 夕暮れ色に染まった余の顔に視線を戻し、は頭の端に引っ掛かった何かをすぐに追い出す。
 再び窓の外を覗いた時には、その車は既に姿を消していた。