微睡鳥の繭籠り
いくら屋上でも、闇の中で通話をしていたのだから、始さぞ、自分を見付け易かった事だろうと、は苦笑する。
続に思わせぶりな態度で接した後は、本当に、嘘偽りなく、説明するつもりだったのだ。ただ、空腹と睡眠不足と体の痛みが全部合わさって、少しだけ休憩しようと、年季が入った校舎の屋上を休息場として使わせて貰っていたら、気を失うように眠ってしまっただけで。
結果、現状を更に引っ掻き回すような事になってしまい、失態ばかりだと溜息を吐く。
ふ、と背後の月明りに影が入った。
「あ、始だ」
ネクタイとジャケットのボタンが外れた中途半端なスーツ姿に、風に乱れた髪、らしくもなく呼吸を乱して降り立った従兄弟に、は表情を変えずに口調と声を和らげる。
「ごめんなさい、心配と迷惑、掛けて……始?」
「……すまない」
倒れ込むように抱き締め、そのまま放そうとしない始の肩を緩く叩きながら、は微笑った。
「大丈夫。おれは大丈夫だからさ」
「そんな訳、続に」
「ああ、うん。多分、その辺りは、始の想像通りだけど」
骨が軋んで痛いくらいに締め付けてくる腕を外し、年甲斐もなく不安そうに自分を見下ろす従兄弟に笑う。
それだけで、始はまた絶望を滲ませた不安の表情を作る。説明しようにも、今の始がの言葉を聞いてくれるかは微妙だった。
兄弟だな、とは口には出さない。
「」
「うん?」
「すまない……助けてやれなくて。力に、なれなくて、」
「そんな事ない。始は、沢山力になってくれた。支えてくれた。始がいなかったら、きっとおれ、何処かで耐え切れずに、壊れてた」
伸ばしていた膝を折って背中を丸めて笑った少年に始は困惑した。
どうすればいいのか、判らない。
平気であるはずがない。何も解決していない。続への恐怖を抱えたまま陵辱されたのに、何故が笑っていられるのか、始は理解出来なかった。
「だが、、続に……」
「話、逸らせないか。あれを、誤魔化すのは流石に無理だよね。うん、酷い事は、されたかな。怖くて、痛かった。でも、紅竜王は、おれをあんな風に犯したりしなかったから、続さんへのそれとは、区別が付けられた。姉さんと、太真王夫人も」
「」
「それに、始、ごめん。おれ、それでも、どれだけ怖くても、続さんが好きだ」
肩口を大きな手が掴み、の体温で少し熱を持ったコンクリートに華奢な体が押し付けられる。
闇の中で月光に照らされたは、目を眇めるようにして憤怒と悲哀を砕いた形相をしている始を見上げ、申し訳なさそうに微笑んだ。
「前世と現世の混ざっていた感情は全部、整理出来た。それでもおれは、続さんが好きなんだ。あの人が好きだから、好きなんだ」
「続はを不幸にする」
「幸か不幸かじゃない、好きか嫌いかの話」
は前へ進んでしまったのだと、始は知った。無理のない口調に、何の違和感もない笑いがが安定している事を教えていた。
何故自分では駄目なのかと問い掛けても、少年はそれも違うと言う。
「始が駄目なんじゃない。ただ、続さんがいいんだ。どんな形でも」
安らいだ顔付きのまま、とても無邪気に笑う少年に、唇を噛む。
自分では駄目なのかと、続でなければいけないのかと、何故そこまで続に拘るのかと。その問いの答えは、単純な感情論で返させてしまった。
好きだから、好きだと。
始の持つ、に対する感情がそうであるように。
「これ以上は、お前の支えになれないのか?」
「彼以外がおれの支えになれたら、きっとこんな結末にはならないよ……始さん」
「残酷だな」
「最初に言ったのに。おれは、酷くて最低の人間だって」
だから、これが幸せの形なんだと、月を仰いだにかける言葉が見当たらず、始は無言で立上がり、寂しげな瞳をゆっくりと伏せかけた。