曖昧トルマリン

graytourmaline

微睡鳥の繭籠り

 あくる日の日曜、弟達が出払った竜堂家で読書に耽る始の元に従弟から電話が掛かってきたのは、時計の針が両方共12の文字盤を指した直後だった。
 もうそろそろ昼食を作らなければいけないと頭では理解しつつも、自分一人だから一食くらい抜いても大丈夫と体が本を離そうとしない。そんな時に、全てを見透かしたのかから電話が掛かってきた。
 どうやら向こうも家族が全員出かけていて、一人だけならばと昼食を抜こうとしていたらしい。そこに始の顔が思い浮かんで、従兄弟達も始以外は外出中という予定を思い出し昼食を食べに来ないかと誘ったとの事だ。
 昨日のように竜堂家へ行ってもいいけれど冷蔵庫の中身を片付けたい事と、父方の親戚から届いた野菜が多過ぎてお裾分けしたいから取りに来て貰えるとありがたいと続けられ、その遠慮のない物言いに苦笑を零しながら了承した。続に告白される前後から塞ぎがちになっていたを始は気にしていたが、今日は元気らしいと安心する。
「こっちに来るのは久し振りだな」
「いつも始さんの方でばかり作って食べていますからね、今日は父も母も遅くまで帰らないので、ゆっくりしてください」
「そいつは有り難い」
 それはお世辞ではなく本心からの言葉だった。始は叔父の靖一郎の事を好いていないが、実は叔母の冴子の事も苦手としていた。もそれを理解しているのか、手土産の和菓子を受け取ったその手でコーヒーを渡し、苦笑しながら冷蔵庫を開ける。
 誘って何ですけど本当に大したものは出来ませんよと言い、エプロンを着込んだに対して手伝いを申し出たが、お気持ちだけでと丁重に断られた。茉理と違い、は竜堂家の人間と一緒に料理を作ろうとしない。
 カレーも碌に作れない人達に刃物を握られて危なっかしい手付きで手伝われるより一人で作った方が早いですから、と笑顔全開で邪魔するなと遠回しに言われた時には兄弟全員二の句が継げなかった。しかし確かに、誰かが隣に立つよりもだけで料理した方が確実に出来上がる時間は早い。
「叔父さんは相変わらず精力的に働いているのかい?」
「ええ、おかげで平日も休日も朝か夜に顔を合わせて挨拶出来ればいい方で。まあ、おれの場合は母とも似たような関係なんですけど」
 コーヒーを飲みながら黙って出来上がりを待つのも違う気がして話しかけると、卵を溶いていた背中が雰囲気だけで微かに笑う。
「辛いのか?」
「いいえ?」
 まさかとでも言うようには振り返って始を見た。
 鳥羽家の保護者が竜堂家の私生活に干渉しないように、竜堂家の保護者も鳥羽家の私生活には干渉しない。けれど、は余と同い年の子供だろうという保護者じみた考えが僅かな苛立ちと共に始の内に湧き上がった。大学生の茉理とは違い、まだ、両親からの愛情が必要な年頃ではないのかと。
 けれど少年は、その気遣いすら誤魔化し、笑って返した。
「素行不良がなくて成績さえ落とさなければ、自由にしても何も言われませんから。おれの事で、忙しい父や母の手を煩わせたくありませんし」
は、それでいいのか」
「良し悪しの問題ではありませんよ?」
 ホットサンドを作る為、冷蔵庫の残り物を適当に加工し始めたは、一瞬だけ泣き出しそうな、縋るような目付きをしてから、いつも通りの口調で始に返す。
「そう、ですね。でも、構って欲しいという気持ちは、あります。小学生の頃、テストで満点を取ると一言でも構って貰えて、ただ、それが嬉しくて」
「……」
「また褒めて欲しいなって、馬鹿の一つ覚えみたいにずっとそうしていたら、何時の間にかこうなってしまっていて。いえ、元々勉強も好きですけどね。でも、次第に、それが当たり前になって、どうしたらいいのかも分からないままで。不真面目に振る舞う事や、成績を下げるのは、違うでしょう? それに、おれ、こう見えて凄く臆病なんです。怒られたり叱られたり呆れられたり、そういう態度取られると、どうしても傷付く」
 軽口のように溢れ出た告白が、始の胸に痛みを齎した。
 は一人にしても大丈夫、一人で何でも出来てしまう。そう思っていたのは、きっと彼の両親だけではない。終と余も、先日同じような事を口にした。
 そうして意識して、自分の感じた不快感の正体はこれだと始は悟った。
 の優等生ぶりが話題に上ると、それを冗談半分でからかうと、その相手が身内だろうといつも不機嫌になる。表立って、それを見せたことはなかったが。
 彼は他人から見た自分の評価が話題に登ると微妙に、本当に僅かに雰囲気を変える。その話題は不快だから止めてくれと、誰にも判らない程度に自己防衛に入るのだ。
 けれど、本当にそれだけだろうか。まだ、何か隠されていると理由もなく確信した始は、注意深くを観察した。
「なんて、青少年にありがちな悩みですよね。始さんも教師だからよく聞くでしょう、この手の思春期っぽい、ありふれた話題。社会に出たらもっと大変な事もあるでしょうから、それなりに折り合いつけて要領良くやって行きますよ。はい、ホットサンド出来たから運んでください。コーヒーのおかわりいりますか?」
 大皿を彩る数種類のホットサンドを満足げに見下ろし、返事をしない内に熱いコーヒーを空になったカップに注ぐ。自身はコーヒーの気分ではないのか、氷の入ったグラスにトマトジュースを注ぎ取り皿を用意していた。
 その瞳が、微かに揺らいでいるように見える。

「はい、なんです……か?」
 立ち上がり、視界を塞ぐように体を抱き締めたの体温は、思ったよりもずっと子供寄りで気持ちよかった。
 いや、子供に決まっているだろうと始は胸の内で静かに訂正をする。彼は、余と同い年の年端もいかない少年だ、まだ、中学すら卒業していないのに。先程、苛立ちを感じたばかりなのに自然と覆い隠される。は子供のような態度で、子供ではない風に印象操作をするのが異常に上手かった。
「頑張ったな」
 この子は子供だと始は強く自分に念じながら片腕での肩を抱き、頭に置いた手で髪を梳くように撫でた。
 今まで褒めてやれなかった分を全部それに預けるように、何度も撫でて、何度も囁く。
「……す」
?」
「こ、まります。そんな風に、されると、どうしたらいいのか」
 口では言いつつも始からの愛情を受け入れたまま、照れたように笑ったの表情が、いつもよりもずっと子供じみている事に安心した。
 どんなにおどけて、口調を丁寧に繕って、大人ぶっても、は始の半分程度の13年しか生きていない。皆が皆、彼を大人びた子供として扱うが、本当は、ただの子供だ。
「嬉しいじゃ、ないですか」
「久々に笑えただろ?」
「ああ、もう……困ったな、始さんにはバレていたんですね。隠せていると思ったのに。そうですよ、今までずっと演技してたんです。あんな手のかからない子供が、天然でいるはずないでしょう」
「すまない、気付くのに遅れて」
 ふと、続は気付いているのだろうかと始の内部で疑問が生じた。
 が本当の感情を表に出していない事に気付かないで彼を好きになったのなら、弟には悪いが共に行かせてはやれないと思ったのだ。
 今までの態度と、告白をされてもすぐに断りを入れなかった様子を考えると、も続の事は好きなのだろうと想像はつく。けれど、返答出来ずにいるのは、きっと続が本当の自分を好きであるのか自信が持てないからだ。
 尤も、始も今僅かに垣間見ただけで、本当のがどんな人間なのかは知らない。ただ、目の前に露出したものすら片鱗に過ぎず、根が深い事だけは想像出来た。
「いいんです。気付いて、甘やかしてくれただけでも、嬉しいから」
が気付かせてくれたんだよ」
 両親も、茉理さえも騙して暮らしてきたのだ。
 この何年かは、砂を噛むような日々を過ごしていたに違いない。よくよく考えてみれば、が中学に上がってから彼の笑った顔以外見た事がないと、今更始は気が付いた。
 楽しみ、喜び、泣き、焦り、驚き、怒り、拗ねる。幼い頃には素直に表現されていたはずの数多の感情が、今では全て笑顔に隠されてしまっていた。あまりにも不自然なのに、誰もの内面を心配しなかった。成長した彼は滅多に感情を昂ぶらせない人間だと、思い込んでいた。
 思い返してみると歪過ぎるその行動は、が誰かに気付いて欲しくて見せた、不器用な綻びだったのだろう。
 しかし最近は、何故かそれが特に顕著だったような気がする。記憶に間違いがなければ、続の告白より前からだった。始は偶然、不快感という形でそれを掴んだだけで。
「嫌だなあ。始さんの所為で、涙腺ボロボロですよ?」
「こら、擦るな。赤くなるだろ」
 大きなハンカチが笑顔のまま涙を零す目許を拭い、食欲があるのなら取りあえずお昼を取ろうと厚みのない肩を抱くようにして椅子に座らせる。始は疑問を一旦後回しにして、精神的に不安定になっている従弟に向き合うと決めた。
 年齢差や接点が薄い事もあり、いつもは離れて座る2人だったが、今日は隣同士で冷め始めたホットサンドを口に運んだ。
 けれどのそれは二口目で止まり、代わりに、閊えていた言葉が溢れる。
「おれ、誰も信じられなかった。こんなあからさまに演技しても誰も気付いてくれない、適当な口調に戻っても、一度も。一緒にいて欲しいとか、遊びに行きたいって言うと、珍しいとか、驚いたって返される。寂しいのも、苦しいのも、辛いのも、全部我慢してるだけなのに、お前はそんな人間じゃないって否定された。笑顔で、静かに勉強だけして、一人で何でも出来て、誰にも迷惑かけない子の枠からはみ出るのは、おれじゃないって」
「……誰に気付いて欲しかったんだ? おれじゃないだろ」
「酷い事聞くんだね。でもおれも、それより酷くて最低の人間だから、肯定するけど」
 トマトジュースを飲み込んで、継ぎ足す。
 ドロドロした赤い液体がの胃とグラスの中に広がった。
「家族、っていうか……姉さんかな。多分、だけど」
「茉理ちゃんに?」
「うん。凄く迷惑な話なんだけど、おれ姉さん大好きなくせに嫉妬してるんだ。好きで好きで仕方ないけど、殺したいくらい憎い」
 乾いた声で告白された言葉に、始は一瞬手を止めたが、決して非難するような目でを見なかった。頭ごなしに否定されない従兄弟からの反応がを安心させ、そして饒舌にもさせる。
「姉さんは、何も悪くないんだけどね。内面も外見も美人で、勉強出来て、おれみたいに演技しなくても周りから好かれる人間だから、おれも大好きで尊敬してる。あの人が姉さんでよかった、沢山救われた。でも、そんな人の上辺だけ真似して、いい子で優等生ぶってるおれに気付いてくれない姉さんは、嫌い。お綺麗な弟が隣にいれば満足なんだろうなって蔑んでる。なのに、だから、かな。あの人をおれの基準にされるのは、嫌だった」
「それは、叔父さんにか?」
「父さんは、最初の頃は、おれを褒めてくれたよ。今は、誰が相手でも上手く立ち回れそうな政略結婚の道具って感じで数えられてるけど。うん、父さんは違うかな。おれも父さんには、もう期待してないから。母さんも違うと思う、尊敬はしてるけどね、母親っていうか、上司みたい。仕事した事ないけど」
 既に息子に見放されている叔父と、親として見られていない叔母に同情はしなかった。
 もしもそれが必要な相手がいるとすれば、目の前の従兄弟の方だろう。だが、愚痴を聞き同情するだけでは事態は改善しない事を、始は知っていた。
「流石姉さんの弟みたいな事言われるのが本当に、本当に嫌だった。平気な顔してたけど、終さんと余さんの言葉は色々きつかった、悪気ない分」
 おれは一度も始さんや続さんを基準にした事なんてなかったのにと小さく笑い、食べかけのホットサンドを小皿に置いて手を拭いた。
「あんなの、姉さんを真似ただけで、おれじゃない。なんであんなに自由で、綺麗で、優しくて、強い人が、おれの姉さんなの。姉さんさえいなければ、あんな風に立ち振る舞わなくてもおれを見て貰えるかもしれないのに。馬鹿みたい。なんでおれ、一人で拗れてこんな風になってるの?」
、あまりそういう表情で、笑顔で話すな」
 肩を抱き寄せてそう言うと、が小さな声で謝罪する。
 長い間こうしていたから、簡単には戻らなくなっていると言って、もう一度謝った。
「おれ、基本が演技中と正反対で、独占欲強くて疑り深くて視野狭いくせに自分も信じられない人間なんだ。だから、好きな人の言葉も信じられない」
「続の事か?」
「好きなんだけど、でも、信じられない。全部、ネガティブに捉える」
 残ってしまった昼食を始に食べて貰い、ジュースを飲み干して言葉を続ける。
「続さんが、他の女の人に優しく接してるのを見ると苛々する。おれが好きで告白してくれたのに他の人を見ないで欲しいって、頭の中が滅茶苦茶になるくらい嫉妬してる。そんな事ばっかりで、自分の気持ちに気付いて、続さんはこんなおれを好きになってくれるのかなって疑って、悪循環に陥って」
「あの続が他の女って、そんな事」
「姉さん」
 空になってしまった皿を重ね合わせながら、嫉妬の炎に塗れ、凍て付いた泥ような声でが呟いた。
「だから言ったでしょう、独占欲強いって。姉さんに対するそれは心からの親愛で、恋愛ではないと理解していても、駄目なんです。だって、本物の愛情だから」
 顔を合わせたくないのか俯いたまま視線も合わせずに普段の口調に戻り、一呼吸置いてから上がった顔に一層美しい笑顔を浮かべて、は席を立った。
 その笑顔を見て、始は血の気が引くような嫌悪感に襲われる。このままを一人にしてはいけないと内心で言い訳を並べ、自分の隣から離れないよう呼び止める。
、まだ」
「なんで、こんなの話したんだろう。変だな。なんか最近、ずっと、おかしい。あれの所為でストレスになってるのかな。まあ、いいや……折角来て貰ったのに、不愉快な愚痴ばかり一方的に聞かせてごめんなさい。今後は距離、置いて構いませんから。ああ、でも、始さんとだけは、元々そんなに話した事なかったかな」
 虚ろな声色で艶やかに笑っている姿を、全て演技で片付けるには、あまりにも痛まし過ぎて不可能だった。
 は言った。自分は、臆病で傷付きやすい人間なんだと。それは紛れもない純粋な本心であり、真実だった。
 始は言葉と態度で距離を置こうとするの手を取り、無理やり引き寄せて抱き締めた。
「始さん?」
「それでも、それが本当のでも、軽蔑しない」
 もう後戻りは出来ない、覚悟を決めるしかないだろうと始は腹を括る。
 自分の内で火種となった気持ちが、同情ではない事に気付いてしまったのだ。気付いたからを見たのではない、ずっとを見ていたから気付けたのだと。
「おれは続にはなれない。それでも、お前の……の本当の言葉を聞くくらいの事は、出来るだろう?」
 息を呑んだが顔を上げて、始を見た。
、お前が好きだ」
「……なんで?」
 始の腕の中で、は表情を歪め、泣いていた。
 祈るように囁く始の声に、首を振り自分に言い聞かせるように短い言葉を放った。感情に押し潰されそうなその言葉を吐き出したは、涙を拭いながら緩く首を振っている。
「なんでおれ、始さんを好きにならなかったんだろ……こんなに、おれの事、考えてくれる優しい人なのに。おれの汚い所まで、気付いて、受け入れてくれた人なのに。おれがずっと求めていた人なのに。なんで、おれは始さんを好きになれないの?」
 これから好きになればいいじゃないか、とは始は言えなかった。
 の口から溢れ出したそれは、これから好きな相手を変えられない程、続に執着している独占欲の一端だ。
 始としてはそれでも構わないと端から諦めていた。告白や自覚の早い遅いではなく、続がを愛し、が心の底から続を想っている以上、叶わない恋なのだから。続と結ばれる事になれば潔く身を引く覚悟だった。
 しかし、それは2人を想ってではなく、あくまでを想っての行動である。だから、求められた返礼という形で多少のおこぼれは貰い受けるつもりだったし、最悪の場合として、もしも続がを傷付けた場合は、多少汚い事をしてもこの少年を根刮ぎ奪うだろうという自覚もあった。
 そんな始の内心を、は理解しているのだろう。涙を拭った先に見えた濡れた瞳は真っ直ぐだが、精神的な土台となる部分が崩れ、何処か歪んで見えた。
「始さん。こんな時に、ごめん。おれ、今ここで、始さんに聞いて欲しい事が、出来た。好きになれないって、言ったばっかりなのに。でも、お願いだから、我儘言わせて。失望しないで、嫌いにならないで。全部、受け止めて、お願いだから」
 底を晒したと、縋ってくる小さな体を包み込み始は低く笑う。始の恋心と良心を利用する態で、実際、罪悪感を利用されているのはだった。
 本にばかり熱を上げる活字中毒者で恋愛に対して無粋だと自己を評価していた始は、自分には一生縁がないと思っていた独占欲というものは斯くも醜い毒の塊なのかと何処か第三者の視点で評し、が頑なに隠そうとする理由を早々に理解した。
 理解して尚、今は理性の出番ではないと、傷付いた子供を本能のまま自分の元へ導く。
「話してごらん、聞いてあげるから」
「嫌いに、ならないで。独りにしないで」
「ならないし、しない。おれは、を否定しない。全部受け入れる」
 くったりと力の抜けた体を支えるように膝裏から抱え、ゆっくりでいいからと甘い声で囁くと、感情が込められた音が液体のように脳へ染み込み溶けたようで、吐息を零しながら先程とは違う理由では瞳を濡らしていた。
 素の感情のまま無条件に優しくされる行為が心地良いと声に出さないまま語り、同時に、どうして気付いてくれた始ではなく気付いてくれない続なのだろうという雁字搦めの疑問と感情が、ほんの微かだが声に出る。
 その棘のような痛みも、が隠していたものの前に、消え失せた。
「おれ、余さんと同じで、前世を夢で見るんだ」
 予想していなかった言葉に驚いた表情をする始を見上げ、は面白そうに笑う。
「内容まで同じかどうかは、分かんない。前世の場所、日本じゃなかったから。中国の、崑崙と竜王の宮殿での出来事。始さん、竜の中で一番偉い神様だったよ。四海竜王の、東海青竜王。続さんは南海紅竜王敖紹で、姉さんが西王母の末娘の太真王夫人。青竜王の字が伯卿で、紅竜王が仲卿。竜王名は、お祖父さんの書棚にあった、補天石奇説余話に記述されてた物と、同じ字だと思う。これって、呼び方まで全部一緒?」
 そこまで立て続けに訊いたは返事を待たずに、始の狼狽した顔だけで全てを悟ったようだった。
「一緒なんだ。良くは、ないかな。おれ達、ううん、おれだけ種族が違って、でも、姉さんみたいに高い身分の仙女でもなくて、殺し合う仲だったから。殺し合うっていっても、おれはただの鳳凰で、弱くて、一方的にやられて、最後は処刑されたけど……いつもそこで夢は終わるんだ。昔から、何度も繰り返し見てる、短い夢。でも、その時のおれは、今この現実を夢だと思ってる」
 今に至るまで同じ場面を何度も見て、細切れだった時間系統はすべて整理され頭の中で繋がっているとは言う。
 何から始まって、どうやって死ぬのか、幼い頃から見続けた夢だ、全部話せると。
「それでも、聞いて欲しい」
「分かった、聞くよ。全部聞いて、おれはその話を信じて、受け入れる。もう独りだけで怯えなくてもいいんだ」
 始の言葉を聞いて、が穏やかに笑う。
 それはまだ幼かったがよく浮かべていた、本物の笑みだった。