clutch
一切の前触れがなかった別れの言葉の意味が掴めず、続の口は簡単な言葉すら紡ぐ事が出来なかった。
涙が滲んだ赤い目元のまま穏やかに笑っているの口から、冗談ですと続く言葉を期待した。嘘も、冗談も、隠し事すらも苦手ながそのような悪質な内容を言うはずがないと理解していても、続はそう信じたがっていた。
なのに。
「別れましょうって、言ったんです。男同士で、ぼく、まだ中学生でしょう。だから、こういう関係止めましょう。普通の、従兄弟同士に戻りましょう」
追い討ちを掛けるようなの言葉が続に突き刺さる。
「なんで、急に」
性別も、年齢も、の内部に根を張る不安だとは分かっていたが、それでも続は可能な限り取り除く努力をしていた。何時から彼はこんな事を考えていたのだろうか。何故その程度の障害で別れを切り出されなければならないのか。そんな考えばかりが頭の中に浮かんでは消えていった。
思考が纏まらないまま、けれど沈黙を肯定と捉えられるのはあってはならないと、血の気を引かせた唇が縋り付くような声で疑問を吐き出す。
「本気なんですか? 何故? 何時から、そんな事を考えていたんですか?」
その吐き出した物を耳に入れたの表情が、激しく動揺し、歪む。
明らかに続の言葉に傷付いた様子と、今朝の茉理から聞いた内容を思い出し、ふと、脳裏に嫌な考えが過ぎった。
小さな不安を少しずつ積み上げて来て爆発したのではなく、昨日、突然何かに襲われたのだとしたら。例えば、続が教訓をくれてやったあの男が、逃亡の恐れなしと保釈されていたとしたら。怪我を負わせたが半身不随になるまで追い込んだ訳ではないあの男に、暴行を受けたとしたら。
が無事である保障は、何処にもなかった。
「誰かに、何かされたんですか」
「……続、兄さん。そこまで、言わせるんですか」
区切られて繋げられた敬称と、言い淀むの言葉に続は確信を深める。少なくとも、本心から別れを切り出してはいないと。
自分のものだったはずの恋人を穢された怒りが湧いたが、それをぶつける相手は目の前の少年ではないと言い聞かせ、辛そうな表情を浮かべるの体を抱き締めながら確固たる意志を強い口調で告げた。
「別れません。ぼくから離れるなんて、許しません」
「なんで、そんな酷い事」
身を捩って続の抱擁から逃げ出そうとするを力で閉じ込め、ゆっくり背中を撫でる。
「だって、君。ぼくの事をまだ好きなんでしょう?」
なのに、何故別れなければいけないのか。相思相愛の仲である事に変わりはないのだからこのままでいいではないか。言外にそのような意味を含ませた続の言葉を聞いた途端、腕の中の細く柔らかい体が強張り、震えた。
唇を噛むような仕草が胸から伝わり、泣かせてしまっただろうかと体を少し離すと、確かには泣いていた。ただ、そこに浮かぶ感情は喜びでも悲しみでもなく、怒りだった。