曖昧トルマリン

graytourmaline

clutch

「……好き、ですよ。ええ、好きですよ! でもぼくは続みたいに器用じゃないんです!」
 手近にあった枕を掴み、力任せに投げ付ける。元々人外じみた丈夫さを持つ続には無意味な事だとも分かってはいたが、自分を、そして自分以外の女性すらも弄ぶような台詞を吐かれて口と同時に手が出た。
「ちょっ、君」
「ぼくはね! 鈍感ですけれど! 恋人に浮気されてまでヘラヘラ薄笑い浮かべられるほど鈍くないんです! 女の人がいいのなら、嫌ですけど、本当は別れたくありませんけど、男同士とか、年下とか、そういうのが面倒ならせめて、別れてからにしてください。都合のいい……恋人扱い、しないでください」
 怒り慣れていないからなのか、怒りよりも悲しみが上回ったのか、最後は力なく項垂れてしまったは、既に赤く腫れている瞼を袖口で強く擦り嗚咽を漏らす。
 毒舌とは言い難いがその内容は続を青褪めさせるには十分だったようで、呼吸が追い付かず咳き込むすら気遣えないまま無意味に時間だけが流れた。やがて、続の視線が先程手に取った本へ向かう。
「……君、昨日、出掛けたんですよね。もしかして、あの女子生徒とぼくが一緒にいるのを見たんですか?」
「ぼくが続を、見間違うと思っているんですか」
 引き攣った喉から出た掠れがちな肯定の言葉と、ゆっくりとした首肯が重なり、続は全てを理解して目眩に襲われた。
「何があったのか、説明させてください。お願いです、理由を聞いてくれませんか」
「聞く、だけなら」
 申し訳無さそうな表情をしている続に気付き、浮気だとしても相応の理由があるのならとは再度首を縦に振る。
 要領は得ているが今にも潰れそうな小さな声で事の顛末を語り始めた続の話を聞く内に、やがて大筋を理解したが困惑した表情でベッドに座り直しながら、何故それを言ってくれなかったのかと続を見上げた。
「すみません。言い難かったんです。脅迫の内容もですが、何より、君以外の、あんな人間と数時間でもデートする事が」
「続のプライドが高いのは知っていますし、ぼくも嫉妬深くて、広い心は持っていませんけど。今回は理由が理由ですし、そんな約束をさせられても責めませんよ」
 皮肉ではなく、本気で告げるに続は慌てて手を振り言葉を遮った。
君に話したら、気に病むでしょう? 自分の所為で嫌な事をさせたって」
「それは……思います、けど」
「結局、裏目に出てしまいましたね。ぼくが隠さずに言っていれば、君がこんなに傷付かずに済んだのに」
 熱を持つ濡れた瞼に触れると、安心したような吐息がの口から溢れる。
 そのままキスをしてしまおうかと考えた続の行動を読んだのか、小さな体を更に小さくしたが上目遣いで恋人を見つめる。
「ごめんなさい。ぼくも、隠さずに言うべきだったのに。一緒にいたあの人は誰なのって訊けばよかった。勘違いで思い込んで、続に酷い事、沢山言って」
「……君」
「いつも続は、男同士でも、ぼくが年下でも、愛してるって言ってくれてたのに、信じられなかったんだ。最初から決め付けずに、話を聞いてればこうならなかった」
 落ち込んでいるに、続は慰めようとして、別の言葉を導き出した。
君」
「はい」
「多分この先も、ぼく達は、同じような勘違いや擦れ違いを起こすと思います。ぼくは、兄さんのような雅量がありません」
「ぼくも、姉さんみたいに明朗闊達じゃないですもんね」
 まだ付き合ってすらいないのに、兄姉が将来的にくっつくものとして笑いあった弟達は、身を寄せ合ってからどちらともなく触れるだけのキスをする。
 シーツの上で指先を絡ませながら、続とは正面から見つめ合った。
「ですから、お互いの考えや思った事を、出来るだけ話しましょう。一人で抱え込んでも悪化するだけだと、今回の事で身に沁みました」
「そう、ですね。あの、じゃあ早速」
「まだ何かあるんですか?」
 僅かに身構えた続には苦笑し、あの日と同じ表情で、今度は人目を忍ばず強請る。
「キスしてください」
「……お安い御用です」
 そのまま雪崩れるようにベッドに沈んだ2つの影は、キスを終えても離れる事はなく、いつしか窓からは陽光が差し込んでいた。