ささやかな陰謀
殺害ではなく計画的な誘拐だった事から考えて、余を材料に脅迫する予定だったのだろうとが口にすると続がすんなり同意を示す。竜堂家の喧嘩相手が出現した状況下の姉と弟の会話を眺めながら、普段からこれくらい互いに歩み寄れば音速で撒き散らされる周囲への被害も軽減するのにと、弱冠23歳にして気苦労の絶えない長男はコーヒー片手に内心独りごちた。
「そうだ。そいつらが仕掛けたのかまでは分からないけど、掃除のついでに幾つか見つけたから壊したわよ、盗聴器」
「……こんなにか」
「私室や浴室にまで仕掛けてあって、嫌になっちゃう。気持ち悪い」
アナログからデジタルまで諸々の残骸を纏めた袋をテーブルの上に置き、表情を歪めるに始は礼を述べるが、表情筋は戻らなかった。
「お礼は必要ないわ。学校が始まって家を空ける時間が増えたら、どうせまた性懲りもなく仕掛け直しに来るでしょうよ」
「盗聴されて困るような生活はしていないが、気分のいいものじゃないな」
「かといってジャミングなんて高等技術は誰も持っていないでしょう、警備会社は当てにならない以前に相手方と手を組んでいそうだから使えないし、防護手段がこっち側にないのが痛手ね。それに、盗聴、誘拐って徐々にステップアップしているから、そんなに悠長にもしていられないわよ」
「姉さんは第2波がすぐに訪れると思いますか」
「今日明日は、ないと思うわ。昨日から12時間以上放置されていて、相手方のアプローチ方法から考えてもどこか手探りのように感じられるのよね。こっちは無傷で向こうは3人消えたから、計画変更と関係機関への根回しを含めて数日は置くんじゃないかしら」
「それでも数日か」
「アンタ達全員が新学期と初授業を無事迎えられる可能性が少しでもあるだけ、よしとしなさいな。ま、あくまで同一の相手の場合だけどね。複数が動いている気配はないから今の所は大丈夫だと思うけど」
「根拠はなんですか?」
「茉理とわたしが無事だから」
言いたい事は分かったけれど従妹と姉を同じ部類に括りたくないと弟達が表情だけで意見を述べ、本性を知っている者からすれば人質としての価値が皆無どころか誘拐犯に同情する方の女性が、家財や建物や就寝中のアンタ達を含めてやってもいいのよと鼻で笑う。
姉の邪悪な笑みに、毒餌という単語が弟達の脳裏を過ぎった。昨晩、叔父に対して向けられた続の発言と冷笑は棚に上げて。
「いっそ、相手方が姉さんに手を出すまで待つのもありか」
「その相手が年少組や茉理に目もくれず、真っ直ぐわたしの所にまでおいでになる保証なり作戦があるのなら賛成するわ」
心を配る要素はそれだけのようで、は害虫駆除剤扱いされても大して気を悪くせず、一人暮らしの女性だから手を出しやすいはずなんだけど、と続けた。
「兄さん。外見からして姉さんは囮向きではありませんよ」
「まあ、確かにそうだな。竜堂家随一の気の強さが顔と態度に出ているからなあ」
「本人を前にして、と言いたい所だけど、わたしでも自分を人質に選ばない程度の自覚はあるわよ。強い相手を屈伏させる事が趣味の現代社会不適合者なら真っ先に選んでくれるかもしれないけどね」
「20年近く姉さんとは付き合っていますが、今更になって自己紹介ですか?」
「20年近く生きているのに未だに自己紹介も上手に出来ない雛鳥ちゃんが突然囀ってどうしたの? 餌はさっきあげたでしょう」
応接室の空気が圧力に耐えかねて軋み、ガラス戸が細かく震える幻覚を始は見た。
室内が荒らされる事よりも、口達者と呼ぶより口撃的なこの姉弟に引き摺られ、そのままなし崩しに話題が大回転するのを懸念して無言の睨み合いに割って入り軌道修正を行う。
「話を戻そう。それにしても、どうも気になる。余の誘拐を企んだ奴等は、結局、何が目的だったんだ?」
「ぼくらへの脅迫と、余君の覚醒を防ぐ為でしょう」
兄が話題を元に戻すと続も睨み合いを切り上げ意見を述べるが、は口を噤んだまま眉の形で後半部分に疑問を呈し、始は言葉に出してやんわりと自身の見解を述べた。
「と、おれも思った。しかし、ものは考えようでな、刺激は常に一定方向から来るとは限らない」
「すると余君の覚醒を促すために、危害を加えるというんですか。でも、そんな事をして何になるんでしょうね。第一……」
「第一?」
「覚醒したらどうなるのか、本当のところ誰にも分かっていないんですからね。ぼくらにも。それとも、敵には分かっているんでしょうか」
「敵、か」
弟の言葉を受けてに視線を移す。対して、それを感じ取ったは始の催促にすぐには応じず、ゆっくりと目を閉じてコーヒーの温度を唇で確かめてから、香りだけを楽しんで口を開いた。
「始は、敵の正体を知りたいのかしら」
「正体よりも、今言った通り目的かな。おれたちは平穏無事に暮らしたいだけだが、向こうさんが攻撃してくるのなら抵抗しなきゃならない。反撃するのは構わないが何をどうすれば攻撃が止むのかを知らなければ、下手したら一生このままだ」
「積極的に情報収集するつもりは?」
「姉さんの予測が正しければ数日後には懲りずに仕掛けて来るんだろう。それまで精々、英気を養っておくさ」
「迎撃体制も整えないのね。後手でいいってアンタが判断した以上は、それを尊重するわ」
長子ではあるが家長ではないは、かなり大雑把に決められた今後の方針を確認すると溜息と愚痴を混ぜて溢した。
「それにしても、相変わらず理屈っぽいんだから。気に食わない輩を片っ端から殴り付けるのが竜堂家の家訓でしょう?」
「姉さんの個人的な行動理念を家族全体に押し付けないで貰いたいね」
「嘘でしょ、自覚ないの? 怖いわあ」
竜堂家の家訓は数あれど基本方針は至って単純で、善行には敬意を、悪行には報復を、それ以外は知った事ではない。これに尽きるとは思っている。
この辺りについては年少組の方が素直に自己評価していると、昨今の日本ではあまりお目にかかれない純粋さを持った弟達の顔を思い浮かべてから、未成年だが年少者扱いはしていない弟に話し掛ける。
「ま、どうせやる事は大して変わらないから理屈の有無もどうでもいいわ。始はこう言ってるけど、続はどうしたいの?」
「兄さんの意思は竜堂家の意思ですからね、ぼくは全面的に支持します。それで、先手を取りたがっている姉さんが何を知っているのか教えていただいてもよろしいですか。いつもの妄言ならば口を開かなくて結構ですが」
自身は神様が憑いている一般人だが弟達は水界を統治する本物の神だったとか、理髪師や遊女の職業神の所為で末弟は変な夢を見ているのだとか、実は自分には変身能力が備わっているが神様からの貰い物なので必要以上に使いたくないとか、昔から時折、痛々しい戯言を真顔でのたまう姉の姿を知っている続の声と目と心中はどこまでも冷たい。そして、はで相変わらずそれを口端の歪み一つで受け流していた。
その様子を、残された1人は黙って観察する。
始は、姉のそれを長年治療出来ずにいる重度の妄想と捉える反面、ある程度の方向性を持ち一貫した内容から、真実に辿り着くヒントを何処かに潜ませているのではないかとも疑っていた。丁度、ホラー映画に登場する、唯一正しい事を口にしながら誰にも相手にされない狂人のように。
彼は、自分達が現代にあって異端の存在であるという思いを以前から抱えており、生まれた時空を間違えてしまっているのではないかと、やや空想じみた考えを内に秘めている。そして、自身の双子の姉であるは誰よりも早くその正解に辿り着き、何かしらの理由、彼女の妄言を信じるのならば、彼女の中に棲み着いている神様とやらが情報開示を制限しているのではないか、と。
ただ、この考えは根拠に乏しく、あまりに荒唐無稽で馬鹿馬鹿しい。何より姉当人が物心付いた時点で始終この様子なので何となく気恥ずかしく、口に出した事はなかった。
2人の内心を知ってか知らずか、弟の様子を眺め、今度はコーヒーを飲み一息吐いてからは口を開いた。
「妄言じゃないわよ、事実だから。で、相手の目的なんだけど怨恨解消と人界支配権の確立なのよね。黒幕以外は、らしいけど。アンタ達が覚醒したら物理現象に干渉出来るようになるから、二度と変な考えを持たないように牛頭共を宇宙の果てまで追い回して一族郎党殲滅しなさい。前回は対応間違えたから徹底的にね、上司から地球の西半分はくれてやれと言われて本当にくれてやった結果がこれよ。それとも竜じゃなくて実は狗なの?」
「兄さん、敵よりも先に、まずこの人を放り出しませんか」
うんざりした態度を隠しもせず、容赦のない言葉に始は苦笑する。今後の方針は一応確認したので用済みを処分をしたいらしい。
「そうしたいのは山々なんだが、茉理ちゃんから情報共有するように言われてるからなあ」
「名刺1枚で十分だと思いますよ」
「それについては同意するわ」
弟から吹き付けるドライアイスのような言葉に頷きながら、は双子の方の弟にごくありきたりなサイズとデザインの白い紙を手渡した。
「本当に接骨院に勤めていたんだな」
「嘘吐いてどうすんのよ」
「教員にはならなかったんだなと思っただけさ。共和学院の体育教師は、医療系出身者も多いから」
「お祖父様がご存命だったら考慮したけど、母校でもない今の共和学院に勤める気なんて起きないわよ」
「男嫌いの割に、お祖父さんへの敬意は変わらずなんですね。姉さんは」
「嘴の黄色い雛鳥ちゃんは誤解しているようだけれど、性別で選り好みはしてないわ、嫌いなタイプに男が多いだけで。例えば、叔父様が理事の座に就かせた野郎共とかね」
更に揶揄するつもりだったが、はそれ以上何か言う事を止めた。
祖父が学院長として健在だった頃の自由闊達な校風の中で学び、今は叔父が支配権を得た息苦しい母校で教鞭を執る弟の、複雑な表情を見たからだった。
そもそもは弟達と異なり、創立者の孫という立場を除けば共和学院とほぼ縁がない。
幼稚園こそ始と共に通っていたが、その後公立の小学校を経たは、弟のように中等科には戻らなかった。
両親が世を去った年の春、区立中学校へ進学すると祖父に直談判し、拍子抜けする程あっさり認められた過去を思い出す。親を亡くしたばかりの状況で、男女の違いこそあれ双子として常に隣にいた始はの決断をある種の裏切りと捉えたようだったが、祖父は一教育者として、まだ10歳だった孫が掲げた目標と意志を認めてくれた。
ただ、そんな祖父ではあったが矢張り家長として前時代的な所があって、近所の都立高校を経て私立の大学へと進学するにあたり、授業料を巡って少々口論した事もある。
国家資格を得るための就職予備校として進学を考えていたは授業料の借用を求め返済計画まで携えて説得を試みたが、大学とは学問の府であるとする司は教育者として、また保護者としても自分が全額支払うのが当然で未成年の子供に借金をさせるつもりなど毛頭ないと譲らず盛大な喧嘩となったのだ。
結局喧嘩は半月程続いたのだが、最後は祖母が間に入り、授業料は全額祖父が負担する代わりに、が働き始めたら弟達の授業料を請け負うという形で決着が付いた。ただ、司は結局、初孫達が学問の府を巣立つ前に還らぬ人となってしまい、は口約束の履行を墓前で密かに宣言したのは記憶に新しい。
春の彼岸にも姉弟揃って墓参りをしたばかりで、細く立ち昇る線香の匂いと供花の色彩がの脳裏に浮かび上がる。
同時に、生前、一度ならず語られた長子達への遺言も。
「学校など欲深い靖一郎にくれてやれ、お前達が守るべきものは他にある」
にしても、始にしても、遺産を巡る骨肉の争いから早々に離脱しろと司当人から言い残して貰えたのは有り難かった。
かけがえのないものだけを守りきればいいのだと、少なくともは既に覚悟を決め吹っ切れている。始は、そこまでには至らず、多少は母校に未練があるようだが。
まだ、祖父が憂いたその時ではない。火の粉を振り払う事が出来れば日常生活を続けられる。始はそう判断を下し、分水嶺はまだ先だと是認した自分も共犯だろうとは小さく吐息した。
自分達は真っ当な環境で成人を迎えたのだ、ならば弟達にも同等の権利を、と思うのが長子組に共通する考えだった。
「アンタの連絡先は結構よ、もう知ってるから」
脳に溢れた思考を胸の奥底に沈め、話題を脳内で巻き戻しながら単数形で言い放つ。
続がアルバイトしている事はそれとなく伏せ、更に口を開こうとしたの舌が廊下から聞こえる足音を理由に止まった。その隙を縫うようにして応接室の扉がノックされたかと思うと、直後にガラス戸の向こうから弟が姿を見せる。
「兄貴達、話し合い終わった?」
「ノックをしたら返事を待つまでが最低限のマナーですよ。急ぎの用でもあるんですか?」
「ああ、あれね。始、茉理が困っているから今すぐ台所に行きなさいな。ついでに洗い物もよろしく」
終が何か言う前に事態を察したは3人分のコーヒーカップを弟に押し付けると、有無を言わせず応接室から大きな図体を追い出す。
一体何なのかと無言で語りかける続の問いに答えたのは姉ではなく弟だった。
「お昼に使った丼鉢が片付けられなくてさ。最上段はおれ達じゃ届かないんだよ」
「姉さん、それくらいの気遣いで進展するような2人ではないでしょう」
「終と同じ感想言うのね。流石兄弟だわ」
途端に不本意そうな表情を浮かべ睨み付けてくる続と、姉貴だって口にしないだけで思ってる癖にと内心を見透かしながら姉弟全体の感想として纏める終を無視して、の双眸は始とほぼ入れ違いで廊下に姿を現した余を眺める。
応接室の前で姉弟が一同に介している様子に興味を引かれたのか、元々そのつもりだったのか、目を輝かせながら近付いて来た末弟は長姉の隣で立ち止まった。
「姉さん、ぼくにも働いている場所教えて」
「そんなもの知ってどうするのよ」
「家族だから知りたいだけなんだけど、駄目だった?」
余の言葉に他意はない。ただ本当に、知りたいだけなのだという事はその場にいる姉弟全員が分かっていた。
一切の歪曲がない純真無垢な感情が凝縮された言葉には返す言葉を見付けられず静かに狼狽える。悪意や軽口の応酬ならば平然と舌戦の火蓋を落とすのだが、穏やかな善意や無邪気な好奇心からの言葉、つまるところ、竜堂家内では末弟が最も強く持つ気質に、彼女は大層弱かった。
バイト先なら兎も角、勤務先についてなど舌先三寸で丸め込む必要すらなく、そもそも、このおっとりした末の弟は口論こそしないものの論点のすり替えやはぐらかしに対しては妙に敏い。そして何より、自身が余に対してそのような態度を取りたくなかった。
碌に使いもしない名刺の数が1枚から2枚に減っても誰も咎めないだろうと心の内で言い訳をして差し出すと黒い瞳が更に輝く。他の4つの瞳は、若干呆れている様子であったが。
「ありがとう、姉さん」
「どういたしまして。ただし、冷やかしはお断りよ」
「うん、分かった。そうだ。じゃあ、冷やかしじゃなければ行ってもいいんだよね」
「……どこか悪いのなら今から診てあげるけど、大丈夫? 部屋まで歩ける?」
焦燥を抑え切れず若干早い口調で余に詰め寄ったの背後で、続は終を静かに睨み付ける。睨み付けられた方は昨夜の会話を思い出したのか、知りたいだけだと言ったばかりだし映画観てた時はなんともなかった接骨院で風邪は治らないから昨日の件は関係ないはずだと必死の弁明を行う。
シチューの実にされそうな兄の横で、首筋や額に触れる姉の手が擽ったいのか、笑みを溢しながら余は首を横に振り、自分は元気だと告げる。
「1年生の時の副担任の先生がね、腰が痛いって何度も言ってたのを思い出して。紹介したら喜んでくれるかなって」
「ああ、その先生。おれが入学した頃からずっと、歳には勝てないってボヤいてたな」
「あの人ですか。余君、あれは口癖なので真に受ける必要はありませんよ。ぼくも兄さんも過去に同じ台詞を耳にしていますから」
「続も終も黙りなさい、慢性腰痛なら10年以上罹っていてもおかしくはないわよ。余、新学期が始まったらその先生に出来るだけ早く来院するように伝えて、もう何処かに掛かっているか、ただの口癖ならそれに越した事はないけど」
「でも姉貴、男嫌いじゃん。相手はお爺ちゃん先生だぜ」
「患者に男も女もないわよ。この大馬鹿者」
三男坊もすぐ上の兄と共通の思い違いをしていると気付いたは、先程と同じ説明をしてやろうかと口を開きかけるが、横から挟まれた声に遮られてしまった。
「一体何の話をしているんだ、そんな所に集まって」
食堂からこちらに向かって来る始を見ては腰に手を当てながら盛大に溜息を吐き、なんであの朴念仁は茉理と一緒にいようとしないのとボヤく。丁度顎の下に立っていた余が姉の小さな愚痴を耳で拾い、2人きりにしたくらいで募らせた期待を押し付けるのは気の毒だよと悪意がない故に中々手厳しい事を言ってのけた。
余がおれ達の中で一番酷い事言ってるとの呟きと、正直な優しさが必ずしも善良とは限らない好例だという評価をは纏めて聞き流し、洗い物と片付けを終わらせた流れで茉理と2人きりになろうとしない双子の弟を見てから、末弟以外と無言で視線を交わす。意思の疎通など一瞬で十分だった。
家長からの質問に正直な報告をしようとする余を続と終がそれとなく遮り、代わりにが口を開いた。
「始と茉理が結婚したら夜は気遣うでしょうお姉様が纏めて面倒見てあげるから引っ越して来なさい、って言い含めてた所」
「一体何の話をしているんだ!?」
「どうしたの、始さん。大きな声出して」
双子の姉の発言に耳まで赤くした始の叫び声を聞きつけて、パタパタとスリッパを鳴らしながら茉理が無防備に駆けて来る。
狼狽し赤面している始と、その長身にぴったりと寄り添い不思議そうに見上げる茉理を観察して、距離感は自分達に対する時よりも近いのにと年少組が小声で会話をしていた。
「お姉ちゃん。始さんに何を言ったの?」
「茉理もまだ春休み中だから、今夜は始の部屋に泊めてあげなさいって」
「えっ?」
「姉さん、嘘も程々にしてくれないか」
「今日はわたしも泊まるので客間の和室は使わせません、以上、解散」
手を打ち鳴らして一方的な解散宣言を下した長姉に、長男以外の3名の弟が素直に従う。始も茉理も、互いに顔を赤らめている時点で次の段階へ進んで欲しいという要望を、無言でその場に置き去りながら。
いつも通りと茉理が2人で和室を使えばいいだろうという必死の正論を無視して庭に出ると、冬の終わりを感じ取った雑草と朝よりも深い青空が真っ白なシーツを堺にして上下に広がっていた。風は爽やかで足元の土はまだ柔らかく、これなら草むしりも楽に乗り切れると午後の予定の大体の目処を付ける。
ひとまず洗濯を終わらせてしまおうと気合を入れ直し、先にパジャマやタオル類を取り込んでいると、はためくシーツやタオルケットの隙間から真昼の太陽が顔を覗かせた。