「たまきさんと一緒の方がいいだろう」
「今度はちゃんと、たまきさんと暮らせるといいわね」
化猫〈大詰め〉下
風が運んできたオダジマ様とカヨ様の言葉を頼りに。クスリウリ様を案内差し上げている途中。あっしはとてつもなく重要な事に気が付きました。『くすりうり様。くすりうり様』
「 なんでしょうか 」
『アノデスネ。アッシノ服ハ一体何処デショウカ』
どういった事なのか。屋敷の中を探してみてもあの時脱ぎ捨てた服どころか商売道具も打ち掛けも無くなってしまっていて。
これではヒトの姿に化ける事も出来ません。
あ。いえ。出来るのですよ。服さえあれば。
この場合は服が特殊でそれがないとヒトの形を保てないという訳ではなく。ええと。つまりですね。その。まあ……全裸になってしまうのです。はい。
ですから服が。服が入用なのですが。
「 おれが預かっておきますよ 」
『イエ。ソウデハナクテ。服を返シテ頂キタイノデスガ……』
「 まあ いいじゃないですか 」
『ヨクアリマセン。アッシガ困リマス』
「 に服を返したら また何処かへ行ってしまうでしょう 」
『ソリャア。行キマスヨッテ』
また『ハナ』を探さなければいけませんし。
だって。それが。クスリウリ様が望まれている事でしょう。
あっしは矢張り役立たずで。本当にどうしようもなくて。それを痛感したからこそ……
「 そうやって直に返答をされるのが 実に 気に食わない 」
『エエ。何故デスカ』
だってクスリウリ様。長い間考え込んでいるとそれはそれで。とてもとてもお怒りになるじゃあありませんか。
あっしは一体どうすればいいのですか……おや。お二方の姿が見えて参りました。
「あ、薬売りさん……と」
「もしかして、その犬は……花売りか?」
「 ああ そうだ 」
『アノ。一応。犬デハナク狼ナノデスガ』
「ちゃんと返事した……やっぱりさんだったんだ」
嗚呼。そうでした。
この姿の時は薬売り様以外のヒトには言葉が通じないのでした。
だからこそ早くヒトの形に変わりたいのですが……。
「人間ではなかったのか……ああ、いや、そういう意味ではなくてな」
『ソウイウ意味?』
「さん可愛い! 小田島様の言葉に首傾げてる!」
あ。今度はきちんと伝わったようです。
ですが。その……可愛らしいという言葉は正直どうなんでしょうか。あっしもこれで結構年の行ったヤマイヌですし。こう。カヨ様のような可憐な女性に可愛いと言われるととても複雑な気持ちになるのですが。
あ。いえ。決して嫌とかそういった意味では御座いません! 御座いませんが。ねえ。
「まあ、何にせよ。お前にも世話になった……感謝する」
『イエ。寧ロゴ迷惑バカリ。カケテイタ気ガスルノデスガ……』
だって。そうでしょう。
あっしが『ハナ』を見つけた所為で。オダジマ様とカヨ様は職を失う羽目になってしまったのですから。あの。確かに。クスリウリ様が来なければ命も落としていたでしょうが。
結局。あっしは何も出来なかった……そんな事は初めから判っていた事ではあるんです。けれど。こうして現実やら事実を突きつけられると。
「耳を垂らしてそんな声を出すな。心配なくても、これっぽっちも恨んではいない」
『おだじま様……』
「そうよ、だからそんな顔しなくても……可愛いけど」
『かよ様……』
「 さて そろそろ行きましょうか 」
え。あ……はい?
『エ。何故デスカ。トイウカ。服返シテ下サイ……!』
「これから、どうするんだ……どこへ行く」
「 それはおれに訊く事じゃなくて 小田島様 あんたが一番考えなきゃいけない事じゃあないのかい 」
ええ。あっしの言葉は無視なさるんで!?
「あたし……実家に帰ろうと思います。もうここには居られません」
「……おれは」
「 いや どうしろって言ってる訳じゃない 誰も 誰かを縛ったり 命じたりは出来ないからな 」
名言らしく仰っている所非常に申し訳ないのですが。
『アノ。くすりうり様。アッシハ……』
「 どうも 二人と別れるのが辛いらしい 」
「花売り……」
「さん。大丈夫よ、きっとまた何処かで会えるから!」
ええ。ちょっと! そんな事言っていません! 何て事を仰るんですか!
こういった事って確か捏造とか言うんですよね。あっしは馬鹿ですけれども。そのくらいは辛うじて知っていますよ!
「 行きますよ 」
クスリウリ様。つい先程ご自身が『誰かを縛ったり命じたり出来ない』とか仰ったではありませんか!
全然全くこれっぽっちも説得力が無くなりますって!
「 何か言いましたか 」
『ダッテ……?』
「 どうか しましたか 」
『イエ。今……』
オナゴと。ネコの。声が。
聞こえた。気が。
「おおい、薬売り」
『……気ノ所為』
「今日の輿入れは、一体どうなっちまったんだい」
では。ない。
この。オナゴの笑い声と……ネコの声は。
「ふふっ、こっちこっち」
みゃぁ
「ネコ、ネコ。こっちよ」
みゃあ
『くすりうり。さま……』
「 …… 」
聞き間違いでは。なかった。
タマキ様と。ネコの。
「さっきから、だあれも出て来やしねえ」
『……』
「 いや…… 」
そう呟くと。クスリウリ様はしばらくの間歩みを止めて。また。下駄を鳴らし始めました。
『セメテ。来世デハ幸セニ』
あっしも。クスリウリ様にしか聞こえない声で言うと。かちゃかちゃと音の鳴る薬箱を追うようにして四本の脚を動かします。
いいのかと問われても……仕方ありません。本当は。これ以上クスリウリ様にご迷惑をお掛けしない様。またすぐにでも『ハナ』を探しに行こうと考えていたのですが。
今はもうしばらく。もう少しだけなら。傍に居ても宜しいのでしょうか。
せめて……
「 」
『只今』
せめて。クスリウリ様に面と向かって「山に帰れ」と言われるか。
「 後ろじゃない 」
『……?』
「 隣に 」
『宜シイノデスカ』
「 そう 言っているだろう 」
『……デハ』
自信を持ってこの御方の隣を歩くように出来る日が来るまでは。