曖昧トルマリン

graytourmaline

「 怪しいのは 」
 ああ。この匂い
「 その通り ですがね 」
 『ハナ』は。間違いなくネコなのですか。
「 このままじゃ いけませんぜ 」
 申し訳ありませんが。クスリウリ様。
「 奥にも 早く結界を張らないと 」
 あっし。今からでも山に帰ってはいけませんか。
「 危ない ですよ 」
 あっし等の相性。相当悪いのですが。

化猫〈序の幕〉上

 半刻程前の事でした。
 花売りの商いをしているあっしはクスリウリ様に連れられて。坂井という名の御武家様の屋敷にやって参りました。
 何故花売りが薬売りなどと一緒に居るのかと聞かれましても。クスリウリ様はあっしの上客でして中々深い縁も御座います故。果てさて。一体どうお答えすればいいのやら。
 ええ。普段は共に行動など致しません。あっしが『ハナ』を売ってクスリウリ様がそれを『摘む』。それだけの関係に御座います。
 まあ。今度の事はあっしの不注意で……若干理不尽では有りますが……クスリウリ様の商売道具にお世話になってしまったので。薬代を払う代わりにと。こうして一緒に『ハナ』を『摘み』に。詰まる所。『モノノケ』を『斬り』にやって来たので御座います。
 尤も。木葉天狗とはいえ。あっし自身に神通力の類などは一切無く。胸を張って言えるのはヤマイヌあがりで鼻と耳がよく利くくらいで。
 あとは勘と脚の強さにも自信は持てますが。それだけではとてもとても。クスリウリ様のお手伝いなんて出来やしません。
 精々足手纏いにならぬよう。気をつける所存に御座います。
「おーい、薬売り共。今日は姫様の輿入れだ。薬は売れねえぜ」
 しかし。珍妙な格好をした男二人……はい。あっしもクスリウリ様に劣らず派手な薔薇色の打掛を羽織っております……が旅の道化者ではなく。こうして本業なのか副業なのか曖昧な職に気付いていただけるとは。いやはや何とも。
 いえ。あっしは花売りですがね。まあ。細かいことはこの際置いておきましょう。
「 ほぉう 」
 どちらにしろ。そんな事はクスリウリ様には関係ないのでしょうが。
 風の噂では。クスリウリ様は会う人会う人に対し『 ただの 薬売り ですよ 』と答えていらっしゃるそうで。
 あっしもよく遊び人と間違われるので。その度に花売りだと訂正しているのですが。
 もしやクスリウリ様も相当間違われるのでしょうか。
 尋ねる必要も。ありませんが。
「  」
「只今」
 そんな事をを考えていると。クスリウリ様は呼び止められてもなんのその。いつの間にやら。丸に井桁の紋が入った大きな暖簾を潜り。あっしの名を呼んでおりました。
 これは。早く行かないと。また天秤を投げて寄越されてしまいます。
 そう。そう。クスリウリ様があっしの名を呼ぶのは。何も珍しい事では御座いませんが……仕事以外の話になればいつもあっしは名で呼ばれます……ということは。これはあれでしょうか。まだ『ハナ』を『摘む』作業が始まっていないからでしょうか。
 ああ。ならばこちらも呼び名を変えなければなりません。
 普段あっしはクスリウリ様の事をシロウサギとお呼びしております。本名が判りませんので。お互い勝手に呼び名を作って呼んでいるので御座います……ええそうです。とはクスリウリ様が勝手に付けたあっしの名に御座います。
 クスリウリ様が何故シロウサギと申されましても。だって。シロウサギでしょう。見た目が。
 ウサギよりキツネと。はあ。まあ確かにそう見えなくもありませんが。矢張りあっしにはウサギに見えてしまうので御座います。
 物のついでに薬を処方して貰えと申されますか。あっしの目はどこも悪くありませんが。
「  早く来ないとまた 天秤を投げますよ 」
「今。参ります」
 慌てて暖簾を潜ればそこは別世界。なんて訳はありません。ただ暢気な男共が『ハナ』にも気付かず酒を酌み交わしておるだけです。
 ああ。そうだ。天秤は投げる物ではないと申しましたか。はい。全く以ってその通りに御座いますよって。
 ですがシロウサギは投げて寄越すのです。天秤を。あっしに向かって。天秤が独りでに悪戯をするなんて事もままあります。ええ。とてもとても痛いんです。
「おお? 薬売り共が来たぞ?」
「薬売りだ」
「あぁ、確かに薬売り共だ」
 酒臭い息で男共がそのような事を言っておりますが。恐らくシロウサギには聞こえていないのでしょう。
 或いは聞こえていたとしても。この方は常に平然としていらっしゃるので。ええ。驚いた顔など見たことが御座いません。
 はあ。内心ですか。あっしは別にサトリでは御座いませんのでそこまでは……流石に。
 さて。シロウサギは勝手知ったる他人の家とばかりに屋敷の先へ先へと進んで参ります。あっしも特になんの考えも持たず。こうしてシロウサギの後ろを黙々と歩いております。
 ……おや。どこぞから若いオナゴの声が聞こえました。
 何故若いオナゴの声に反応するかって。決まっているでしょう。
 年老いた婆の声に胸ときめかせてどうするんですか。
 いくら天狗とはいえあっしも雄なんです。女は若く。美しい方が華があっていいじゃあありませんか。
「 ……  」
「なんでしょうか。シロウサギ」
 ここは。井戸のようです。
 シロウサギは。何か気になることでもあるのでしょうか。
「 この井戸を どう思いますか 」
「ただの井戸ですが……ああ。でもそう言えば……この御武家様の家紋も丸に井桁でした」
「 それだけ ですか 」
「生憎と。水周りは匂いが薄いので。シロウサギが何か感じても……あっしにはさっぱり」
 そう返せば。シロウサギはこれ以上ない侮蔑の目であっしを見下しました。
 はい。大丈夫です。挫けません。シロウサギはこういったお方だと判っていますので。
 ですが一応。心の中で言わせて下さい。役に立たないと申し上げたあっしを。それでも構わないと連れてきたのはシロウサギ。貴方様で御座います。
「 まあ いいでしょう 」
 納得してくださったのか。そうでないのか。シロウサギはそう言ってまた歩を進めます。
「 ああ は此処に居て下さい 」
「それはまた。何故に」
「 若い 女性の声がしたもので 」
 ……酷い方です。シロウサギはとても酷い方です。
 あっしが若いオナゴを好いている事を知って……と言うよりも。大半の男は若く美しいオナゴが好きなはずだと思いますが……シロウサギは時折こうしてあっしに言うのです。
 そんな事無視すればいいと申されますか。
 確かにそうなのですが。矢張り何と言うか。その。後が怖いのもありますし。第一あっしはイヌというか。オオカミでしょう。
 こう。本能と申しましょうか……あっしは命令されると逆らえない性なのです。
 いえいえ。誰の命令でもという訳では御座いません。あっしはシロウサギを信用しております故。でなければいの一番に『ハナ』の事をお伝えしましょうか。
 そんなこんなでシロウサギは一人。台所の方へと入って行きました。
 ああでも。確かに酷い男ですよ。はい。酷い男です。
「あっ。あらやだ、届け物? なにかあったっけ?」
「 いやいや わたしは薬売りで …… 」
「あー待って待ってっ、今日はそんな暇ないの。だって……」
 可愛らしい声。それにいい匂いもする。
 矢張り若いオナゴはいいもので。声を聞くだけで胸の内がぱっと明るくなる。
 顔が見たいのは山々なのですが……ああ。溜息しか出てこない。何故あっしは独りでこんな所にいるのだろうか。いえ。愚痴を零したところで腹の足しにもならないのは承知の上です。
「 ご婚礼があるから 」
「そうそう。真央様が、塩野様んところにお輿入れなさるの。あ、まあ……あたし達みたいな下働きには関係ないんだけど? あと半時もすればお迎えが着くわ」
 確かに……下の者にとっては誰が上に立とうと大した差はありません。
 それはヒトもアヤカシも同じ。ですか。
 それにしてもシロウサギ。若いオナゴと二人きりとは。実に羨ましい……。
「 お輿入れですか なら余計好都合ってもんだ 」
「え?」
「 花嫁さんにぴったりの薬 …… 」
「っ……やっだもう! でも見せて!」
「 おおっと …… 」
 シロウサギ。貴方という方は……いえ。あっしはもう何も言いません。
 嬌声を上げる若いオナゴの声がただただ可愛いらしい……あれ。何故涙が出るのだろう。泣く必要など何処にありましょうか。泣いて何になるというのです。
 ……おや。
 誰か。ヒトが来たようですね。この匂い……年老いた男。
 いや。しかしこれは……微かだが。血の匂い……でしょうか。
 どうも勝手口の前に立っているようなのですが。確かに若い男と女が仲睦まじくしていれば呆然としますよね。しかもシロウサギが麗人ときては……
「誰だお前は!」
 怒りたくなるのも理解出来ます。ですが。それはあくまで理解であって納得ではありません。
 こんな皺枯れた爺の声なぞ聞くよりは。シロウサギの声を聞いていた方が聴覚に優しいのです。声の艶など月と鼈です。……ああ。いえ。これでは鼈に失礼ですね。
 いえ。はい。あっしはシロウサギの声は好きですよ。
 だって。とても綺麗でしょう。面と向かって言った事は一度だって御座いませんが。
「とっとと出て行け! お前ごときが足を踏め入れていいとこじゃねえんだよ! なあ。加世」
「お水なら勝手にどーぞー」
「ぅあ。あ、いぎぃ…ぁ。お。お、あの俺は」
「はーやーくー! 戻らないと、また勝山様に怒られるわよ」
「何もお前……」
 これは中々……勝気で素敵なオナゴですね。
 それにしてもこのオナゴはカヨ様という名なのですか。何とも美しい響きの名です。
「そこまで言わなくって、いい……」
 諦めなさい爺。世の中所詮若さと顔ですから。
 貴方だって皺くちゃの婆と可愛らしいオナゴが同じ場所に居れば若いオナゴに声をかけるでしょう。それと同じことです。特に人前でおくびするような爺などに間違っても若いオナゴは恋など致しません。
 現実と鏡を御覧なさい。話はそれからです。
「さっさと出て行かねえと、たたき出すぞ! ったくもぅ……」
「イヤラシんだから……大っ嫌い」
「 こりゃ手厳しい 」
「だって、すぐ触ってきたりするんだもの。ねえ、それより……」
「 はいはい …… ちょっとお待ちを 」
「わあ! たくさんあるー!」
 ……シロウサギ。見せているのですか。あの何が入っているのか見当も付かない最下段の抽斗を。
 ええ。何故知っているのかって。
 そりゃあ。曲がりなりにも花売りですから。クスリウリとしてのシロウサギに山で採ってきた生薬を売ったりした事も幾度か御座います。
 それで偶に見せて頂けるのですが。あそこには変な面やら亀の親子やら。明らかに薬ではないものも混ざっていたりするので……あの方はどうも。片付けが苦手らしく。
「 こっちが …… 」
「ぅわぁー!」
「 さらにもっとこっちは …… 」
「あぁーうっそー!」
 ……一つ。宜しいでしょうか。
 あっしの頭の捩子が緩いのはとうに自覚しております。
 今更気付いたあっしを馬鹿にして下さっても構いはいたしません。
 これは。軽い拷問ですよね。まだ虐めと呼べる程度の。
「真央様に売りつけるといいかも。あのね……お相手の塩野様は……ねぇ?」
「 それはお嫁さんが気の毒だ 」
「でもね、しょうがないのよ。お家の借金を肩代わりしてくれるそうだから」
 それはまた。何と言うか。非常にヒトらしい縁結びで。
 尤も。カラスの為に金銭を稼いでいるあっしが言う台詞でも。ありませんが。
「 なるほどねえ 」
「そうそう。ご主人の伊顕様はいい人だけど、あまり遣り繰りが上手じゃないのよね……水江様に頭を押さえられてるみたいだし? 伊国様は伊国様で、ああだし。どうして弟の伊顕様が家を継いだと思う?」
「 なるほどねえ 」
 流石女性の情報網は侮れません。
 ヒトの口に戸は立てられぬと言われて久しいですが。女性に関してだけ言うと。正直戸を立てるとか建てないとか。もう。そういった程度の話ではない気が致します。
 それも。大切な事や。誰にも言うなと釘を刺された秘密事ほど。そう。まるでネズミのように……おや。こんなところにもネズミですか。
「……あっ、こんなこと話してると、またさとさんに怒鳴られちゃう」
「 まま お返しにいい物をご覧に入れましょう 」
「ええっ楽しみー……っわぁあっ!」
「 ただの鼠ですよ …… 」
 ……一寸。宜しいでしょうか。シロウサギ。
 あっしは鼻と耳と勘だけは利くんです。ええ。その三つだけは。
 正直何処から何を言えばいいのか整理出来ずにいるあっしの頭が非常に腹立たしいのですが。ひとまず言いたい事が御座います。
 今。カヨ様に抱きつかれてるんじゃあ。ありませんか。
 いいえ。確信などありはしません。ただの勘で御座います。
 なのですが。もしそうだとしたら。実に……実に羨ましい。
 ああ。はい。承知しています。これで三度目です。けれど羨ましいものは羨ましいのです。
 何と言うか。もうこのような事が起こることを先見してあっしを此処に残しただとか。そんな疑心暗鬼にかられてしまいます。
 それと。もう一つ。
 今。いい物と言って。艶本を出そうとしませんでしたか。
 抽斗によって少しずつ匂いが違うのであっしには判るのですが……何故艶本を取り出そうとしたのか是非とも伺いたく。
 そう。心の中であっしは問いました。返答はないと理解はしていても。これが問わずに居られましょうか。
「はぁっ、びっくりしたー」
「 そういえば  ずいぶん  鼠  取りが 」
「……多いのよ。ここ」
 そう。なのですか?
 言われて見れば……確かに。其処彼処から餌の匂いがしますが。
 おや。これは……誰かがまた。此方に近付いてくるようですが。先ほどの爺ではないようです。
 化粧の匂いがしますが……随分な厚化粧ですね。恐らくは婆でしょう。
「 猫を飼えば いいじゃないですか 」
「猫? そうなんだけどね……嫌いな人がいるからって……」
「加世!」
「ぅわっ!ぅええっえ!」
 はい。この声で婆決定です。あっしの好みの対象から完全に外れています。
 恐らくは今カヨ様の仰ったサトとか言う方でしょう。
 しかし。妙ですね……このサトと言う女性。ネコの匂いが。するのですが。
「弥平に聞いて来て見たら」
「ああ……」
「こんな時に油売ってるなんて!」
「見つかった。最っ低……」
「 鼠取りの薬をお勧めしていた所で 」
「結構よ。加世、あんたは水を汲んできなさい。瓶がすっかり、空になってるじゃないの」
「はぁーいー!」
「 ッチ 」
 今。この時だけ。あっしはあの場に居なくてよかったと思いました。
 ヒトはアヤカシが怖いと申されますが。アヤカシだってヒトが怖いのです。所構わず金切り声を上げる類のヒトが。あっしはあまり得意としないのです。
 それとシロウサギ。貴方様の舌打ち。何か別のものの音に混じったとはいえ。あっしにはよく聞こえたのですが……あっしは一体どうするべきなのでしょうか。何だか。此処に居ても向こうに行っても。後がとても怖いのですが。
 何も。悪い事などしていないというのに。
「あーあ。もう最悪ー……って、うわぁっ!」
「……どうも」
「ど、どうも?」
 ひとまずは。このお若いカヨ様という方に挨拶をしておきましょう。
 それが男としての正しい行動だと。あっしはそう思います。
 何よりも。カヨ様は声の通り。可愛らしい顔をしていらっしゃる。
「え、えっと……薬売りさんの。お友達?」
「花売りをしております。どうぞよしなに」
「あ、はい。こちらこそ」
 自分で言うのも何ですが。このように怪しい格好をしているあっしに向かってきちんと御辞儀を返してくれるオナゴは非常に稀なのです。
 はい。勿論嬉しくて仕方がありません。
 生憎。顔はこのざんばら髪が覆って表情をお見せできないのですが。
 髪を上げろと。
 確かにそうなのですが。はい。そうです。またシロウサギからの要望と申しますか。命令でして……本当に。あっしにはシロウサギがよく判りません。
「もしかして、花売りさん。ずっとここに?」
「はあ。シロ……いえ。クスリウリ様にここに居ろと言われたもので」
「へえ。律儀な人ね」
「そういった訳でも……ああ。宜しければ水を汲みましょうか」
「えっ、いいんですか?」
「此処を離れなければ。基本的に何をしていても……ん」
 ……この。匂いは。
 井戸の水から……微かに腐臭がする。
「……毎日。この井戸の水を」
「え? あ、はい。汲んでいますけど……もう重くって嫌になっちゃいますよー」
「そりゃあ。こんな具合では。相当『重い』でしょう」
 しかしこれは。これは。古い匂いだ。
 川や海に捨てられれば今頃骨も残らず魚の餌となっていただろうに……井戸の中には。居るとしたら精々蛙くらいでしょうか。いや。それすらも。居ないかもしれません。
「やっぱり滑車が悪いんですか?」
「滑車と言うよりは……」
 なんだ。この風に乗ってきた……匂いは。ネコ?
 と。これは。血の匂い。
「ああ……嫌だ」
「え。花売りさん、今何か言いました?」
「いえ……失礼。急用が。出来ました故」
「え!? なに……」
 突如。台所から食器が割れる音。
 同時に。耳に痛い女の金切り声。
「な、なに!?」
「花売り殿。何処からだ」
「表門の方。すぐ其処です。先に行って下さい」
 早足で勝手口から出てきた薬売りの重い荷物を受け取り。背中で下駄の音を聞きながら。あっしは訳のわからない状態になっているカヨ様に。深く頭を下げる。
「カヨ様。また。後程」
「え? あ、ああ? はい?」
「では」
 急いで血の匂いのする方へと駆けて行けば。そこには花嫁衣裳のまま仰向けになっている若いオナゴと。刀の柄を押さえるクスリウリ様。
「 これは曲者の仕事じゃない 」
 後ろからは。カヨ様と。サトという女性が走ってくる。
「 しかもおそらく それでは斬れん奴が相手だ そうだろう 花売り殿 」
「左様で」
「お前達は何者だ! 何処から入った!」
 無論。表門から堂々と。ですが……。
「か、加世が勝手に……!」
「あっ。あたし、あの……」
 それを。カヨ様の所為にするのは。如何なものかと思いますよ。サト……さん。
「 怪しいのは 」
 ああ。この匂い……
「 その通り ですがね 」
 ……『ハナ』は。間違いなくネコなのですか。
「 このままじゃ いけませんぜ 」
 申し訳ありませんが。クスリウリ様。
「 奥にも 早く結界を張らないと 」
 あっし。今からでも山に帰ってはいけませんか。
「 危ない ですよ 」
 あっし等の相性。相当悪いのですが。
 だって。あっしはヤマイヌですよ。
 そりゃあ。ネコの気も。たちますって。
「このゴロツキのチンピラ共が!」
「やめんか小田島! それより医者を早く!」
「おい。息がねぇんだろ。医者より坊主じゃねえのか」
 尤も。
「な。そうだろう」
「……よおしいくうにいー!」
 確かにこんな家では。ネコも化けても『ハナ』になるはず。
 いや。寧ろ。『ハナ』に成らず『ツボミ』でいられたのが奇跡……かもしれませんが。
「そこの」
「お前が! お前のせいで!」
「みずえー」
「お前等」
「真央がっ。真央が!」
「奥様!」
「何を」
「真央っ」
「落ち着いてくだされ!」
「知ってる」
「伊国、伊国伊国っ!」
「 まだ 何も 」
「……」
「伊国! お前が……!」
「まだ、か。こりゃいい」
「お前がお前のような子が!」
「ふっ、くくくっ」
「お前のせいで…!」
 続いたのは。ヨシクニ……さんの。高笑い。
 嘆いているのは。恐らくマオさんの。母親か。
 ああ。クスリウリ様。
 もう。あっしには。この状況をどうこうする術など持ち合わせては御座いません。
「 花売り殿 」
「承知致しました」
 しかしながら。精々足手纏いにならぬよう。気をつける所存に御座います。
 あっしはあっしなりに。精一杯の努力を。致します……よ。