amitié
あの後、というのはつまり、おれとブラックがそれなりに分かり合えた後、という事なのだろう。正直に言うとこの男が何がきっかけでおれに好意を持ち始めたのかなど一向に知りたくはないのだが、ハリーが聞きたいというのなら仕方ない。ハリーは普段あまり我侭を言ったり、他人のそういった感情の類を荒らすような子供ではないから、そういう風に言われると自然と甘やかせたくなる。所詮自分は成り切れて居ない駄目な大人なのだ。
雲に隠れた月の見えるリビングに集まりシナモンとナツメグを入れたマサラティーと箱入りのチョコレートを用意すると、甘いものが苦手なブラックもそれに手を伸ばす。そのことに、ハリーが少し驚いているようだった。
確かに珍しい現象かもしれないが、おれとしては特に驚くような事でもない。箱の中に一つ一つ収められた高級チョコレートの詰め合わせの中には、甘くないチョコレートも入っているという事をこの男は家柄上よく知っているのだろう。口に出すと面倒な事になりそうだから言わないが、一応、それを考慮して手に入れた。
ただし、それ、というのはこういった家の者が一箇所に集まる機会を指していて、ブラックの為という勘違いだけは絶対にしないで欲しい。第一、おれもイギリス産の甘いだけのチョコレート菓子は苦手だ。それ以外の菓子も大体苦手だが。特にリコリス飴はこの先一生食べなくてもいいと思っている。
さて、話を戻さないとこのまま何もかもが脱線しかねない。おれとしては幾らでも脱線していいのだが、ジュニアが夜更かしをする程遅くまで話されても困る。寝る前には歯も磨かせなければいけない。
「じゃあ、何処から話す?」
ブラックが黒いチョコレートの粒をジュニアから受け取って、代わりにキャラメル色のチョコレートを渡しながらおれとルーピンを見つめて問いかけた。そんなものは何処からでもいいし、寧ろおれは聞く必要すらないと言ってやりたいのは山々だったが、ハリーの事を思うとそう口には出せない。
角砂糖を、それこそ吐くほどカップに淹れていたルーピンがティースプーンを持ったまましばらく考え込んで、そもそも自分もブラックが何時おれを好きになったか知らないと口にした。正確には何がきっかけで、なのだが、この際どちらでもいい。
というよりも、どうでもいい。否、知りたくない。
「じゃあぼく等が揃って謹慎処分受けた所でいいんじゃないかな」
「それ、ほぼ直後だろ」
「そうだっけ?」
「寝ていたおれに訊くな」
ルーピンの真似をして砂糖を阿呆みたいに入れたがるジュニアを止めているおれに振るな。しかし、矢張りというべきなのか、味覚馬鹿が間近に居ると子供には悪影響らしい、ジュニアの為にもこれは真剣に考えなければならない事だろう。幼い頃に強い甘味に慣れられる事は個人的にあまり薦められない。
「パパも食べる?」
今後の食事の事に関して悩んでいると、膝の上から顎へとジュニアの腕が伸ばされていて、手の平には真っ白なチョコレートが乗っていた。何がそうさせているのか判らないが、きらきらと輝いているように見える。
隣に座っていたハリーがそんなジュニアの口にカカオ分の高いチョコレートを一欠片食べさせると、途端に何とも言い表し難い顔で茶色の瞳が潤んできた。可哀想だと思いつつも噴き出してしまうと案の定拗ねられるが、決して馬鹿にしているわけではない。単にそのやり取りや行動が微笑ましいと思っていることをジュニアは判ってくれるだろうか。
兎も角、臍を曲げられたままでは困るから、小さな手の平に乗せられていたチョコレートを摘んで半分だけ齧り残りの半分は紅茶を飲んでいた小さな口に放り込む。食べ物を口元に持っていくと条件反射のように口を開く姿も可愛いと思うけれど、言えばきっとまた機嫌を損ねてしまうに違いない。
ハリーが再びジュニアにチョコレートを食べさせてみようと試みるが、当然警戒されていた。聡明だがまだまだ小さいこの子供は苦いチョコレートの事など明日には忘れているに違いないだろうけれど、流石に直後はそうなるだろう。最近のお気に入りであるらしいぬいぐるみを抱き締めて、既に一杯一杯の腕でおれにしがみ付いてくる柔らかい手を握り返しておいた。
残念そうな顔したハリーと視線が合うと、拗ねちゃったと笑顔で告げられる。慰めを水で溶いたような、薄くて軽い、ほとんど何も考えていない気持ちで空いている方の手で彼の髪を何度か梳くと、その笑みの種類が変わった。
人はこれをスキンシップと呼ぶかもしれないが、それとは違うように思える。どう違うかと言われても語彙の少ないおれでは言い表せないのが少し悔しくもある。かといって、今更自分の内から滲み出てくる感情に一々名前を付けたいとも思わないのだが。
「中々出だしが決まらないね」
心底どうでもいい口論のような作業をしているブラックとルーピンには聞こえないようにハリーが呟き、個包装されたチョコレートボンボンを手渡してきた。返す言葉の見当がつかなかったので礼を言ってボンボンを口の中で舐めていると、洋酒の味が口の中でチョコレートと溶け合う。ボンボンは当たり外れが激しいが、これは相当美味い、機会があったら単品を買おう。
「前みたいにが話してくれればいいのに」
「構わんが、それだとブラックの心境が変化した切欠は判らんぞ」
「……ううん。多分判ると思う」
返答までに妙な間があったが、多分それはおれが鈍いと言いたかったのだろう。割と自覚しているつもりなので口に出しても一向に構わないのだが、口を噤むのがハリーなりの遠慮なのだろう。好きな事を好きなように、それこそ考え浮かんだ事を即口に出すどこぞの馬鹿犬とは大違いだ。
その馬鹿は相変わらず下らない口論をしている。いい加減無駄口を叩くなと首を掻っ切ってやろうかと思ったが、その前にルーピンがおれの視線に気付いたようでブラックの肩を叩いた。おれの顔色を覗うよりも、もっとハリーに気を使えと殴り飛ばしたくなったが、ハリーが居るこの場では止めておこう。そんな事をしては今以上に遠慮がちな態度で接せられるに決まっている、それは絶対に嫌だ。
「じゃあ、医務室から脱走したを背負って帰って来たシリウス共々、ぼくら四人が塔に謹慎された辺りからでいいかな」
「だからそれ、結局直後からだろ」
向かいに座る馬鹿二人を放り出しておれ一人が喋ったほうが明らかに早く終わる気がして、今更ながら馬鹿共の口を塞ぎたくなったが始まってしまったものは仕方ない。妙な事を口走らない限り、ハリーの為に二人の話を聞いてやるかとティーカップに手を伸ばす。
そう言えば、謹慎中に食事を作るのは専らおれの仕事だったなと、昔話が始まるにつれて蘇る思い出に苦笑する自分の顔が映ったミルクティーに口を付けた。