曖昧トルマリン

graytourmaline

凍えた指先で

「何でシリウスとは仲良くなれたの?」
 ハリーにそう尋ねられ、困惑しているブラックを見つけた。
 事の始まりは単純なもので、諸事情で20年ほど過去へと飛んで行ってしまったハリーがおれとブラックとの不仲、と呼ぶより敵対関係を目の当たりにして、そのまま現在へと帰還してしまった、おれにとっては、それだけの事だ。
「……そっか。その事で最近妙にとシリウスに気を使ってたんだ」
 ルーピンが二人の間に入り、橋渡しをしている。
「うん、は気にするなって言ってたけど……」
「まあ、ね。あの頃のは……何て言うか、荒んでいてね。誰も寄せ付けようとしなかったし、自分から寄っていく事にも抵抗があったんだろう。そうだろ?」
 ルーピンの呼び掛けにハリーとブラックは驚いたように顔を上げる。
 ティーセットを持ったまま扉の前で突っ立っているおれの姿さえも気付かない程、話に集中していたのだろう。
「まあな」
 適当に、それでも肯定をするとルーピンは酷く悲しそうに笑った。
 そうだ。そもそも、たまに行動を共にしていたルーピンやスネイプですら、おれにとっては他の人間より少し親しいだけの存在でしかなかったし、友という言葉の意味でさえもルーピンに気付かされるまで、無視をしていた。
 全てが変化し始めたのは、今思えばあそこからだった。
 ふと、見下ろすとハリーが申し訳なさそうにおれを見ている。
 おれがそういう事に触れられるのを嫌がるという事を感じたのだろう。
「ハリーが気に病む事でもない。それに……あの頃のおれたちを見てその疑問が浮かばない方がおかしいだろう」
 そう言った所で、ハリーの表情が優れるはずもない事くらい理解している。
 これは最善の策なのかどうかは判らない。けれど、最悪の策ではないはずだ。
「話そうか」
「……?」
「少し、話そうか。おれとブラックに何があったのかを」
 それは……本当に、記憶に残らない程のとても些細な出来事。
 なのにおれは、全てを鮮明に覚えている。少なくとも……意識のある内のものは。
「……いいの?」
 まだ、ハリーは遠慮をしていた。おれを傷つけたのはないかと、ブラックを、過去を聞く事で傷つけてしまうのではないかと。
 彼はとても、繊細な子だ。
 自らの感情、他人の動作、周囲の空気、意味もない喧騒、誰かへの叱咤、理由なき暴力、全てのマイナス面に於いて無意識に反応する。
 精神的にとても強く堅く、だからこそ何かあった時に脆く折れやすい。
「おれが、話したいんだ」
 けれどこれは、それ程のものでもない。
 いわば、どこにでも転がっている、或いは空しい人間社会の中にある日常。どれもこれもが在り来たりな物で、それが重なり合ってこの結果を生んだという。
 それでも、きっとおれには、価値あるもの。
「長い、どうしようもない話になる。それでも聞いてくれるか?」
 尋ねると、ハリーは小さく、それでも揺るぎない瞳で首を縦に振った。
 そう、彼は強い。誰かが脆い箇所を補い、折れやすい場所に手を添えれば、とても強い意志を持つ少年になる。
 そして彼は優しい。おれがこれを話せるのも、きっとハリーだからだろう。ハリーはむやみにおれを傷つけようとしない事を理由なく確信しているから。彼は、傷がどれだけ痛いかを知っているから。
 きっとおれは、彼を、誰かを庇護しているようで、実は庇護されているのだろう。
 今も、昔も……ずっと。
「あれは2年生の……丁度ハリーが行った世界から少し後の、11月の終わりの頃だった」
 寒さはとうに訪れていて、新雪が振り積る静かな日。
 取るに足りない偶然の発端を見過ごせなかった、そんな日だった。