曖昧トルマリン

graytourmaline

寂滅への秒読み

、どうしたの?」
 薄明るい部屋の中に入ってきた、眼鏡をかけた黒髪の少年がベッドに仰向けになっている青年にそう尋ねた。
 名を呼ばれた青年は微かに煙草の香りを纏ってその細身の体を月明りの下で起き上がらせ、頼りない逆光の中で薄く微笑んだように見える。襦袢から覗く肌の色は白で、ふとしてみると女のような艶っぽさを持った男だった。
「手紙を読んでいただけだ」
「手紙?」
 それは和紙と墨を用いて綴られた手紙で、見たこともない文字にハリーは首を傾げながらただ横に広がっていく長い文章を眉をしかめて眺めるしかない。
「どこの国の文字?」
「日本。ここよりもっと東にある、小さな島国だ」
 それだけ言うと毛足の短い絨毯に足を付けてクローゼットの前まで歩き出す。その下段にある引き出しから同じ色の服を取り出して、襦袢の上に重ね着をした。
 その上に手慣れた手つきで黒く平たい布を巻き、ハリーにはよく判らない結び方をする。
「どこかに出かけるの?」
「ああ、用事が出来た」
「まだ朝早いのに、それに昨日ダンブルドアのところに行ったばかりだし……」
「そうも言っていられないものもあるんだ、わかってくれるか?」
 束ねていないの黒髪がさら、と肩の上を流れた。柔らかい、香水ではない香りが仄かにハリーの鼻孔をくすぐり眠くさせる。
……ちゃんと、帰って来るよね?」
 不安が表情に滲み出ていて、瞳が行って欲しくないと訴えていた。
 無理もないと思う。ほんの数日間で、はハリーはおろか、周囲の人間に不安をもたらしたのだから、本当に、無理もない話ではある。
「大丈夫だ、昼前には帰る。もしもあいつらが騒いだら実家に帰ったと伝えてくれ」
「実家? でも……その、の家族は」
「ああ、うん。実家は実家でも、本家の方だ。一応、おれの家系の纏め役からの召集命令だからな……それに、行かないわけにもいくまい」
 独り言のような口調でそこまで言うとクシャクシャの黒髪を撫でて、頬の辺りに優しくキスをする。すると、まだあまり慣れない様子でハリーが頬を染めて照れるように俯いた。
 黒い瞳はその可愛らしい様子を眺めて、視線だけで微笑する。
 暖色を含んだ陽の光が帯のように部屋の中を照らし始める頃、は手紙と杖を服の、胸の中に忍ばせて空気を入れ替える為に部屋の窓を開けた。
「帰ってきてくれるって、約束だよ?」
「ああ、約束だ……そうだ、帰ってから洗濯はおれがやるから、朝食の準備だけ頼んでもいいか? それともしも雨が降ったら戸締まりも」
 その言葉にハリーは一瞬きょとんとして笑って首を縦に振る。
 はそれを見て安心したのか、一度だけ背後の少年を振り返るとふっと姿を消して後には朝のそよ風だけが残った。
 重い幕が、静かに開けていく。