曖昧トルマリン

graytourmaline

ベンディングマシーン

 ホグワーツの学友が家に来ている。
 はそれを大層嫌がったが、仕方ない、家の主ことが敬愛する父方の祖母が「賑やかな方がいいだろう」と悪戯仕掛け人共を快く招き入れたのだから。
 これでも祖国では一応由緒正しいお家柄。田舎の山間に建つでっかい純和風屋敷に住むにとって家長の言葉は絶対なのだ。
 リリー・エバンズとピーター・ペティグリューが来れなくなったせいで関係のない犠牲者、セブルス・スネイプの姿もあったりもした。相変わらず哀れである。
「あっちー……しぬー……」
「うー……あー……」
「りりー……あっついよー……あいたいよー……」
「「貴様ら揃いも揃って喧しいわ!」」
 勢い良く畳を叩いたのは宿題消化中のとスネイプ。
 が叩いた畳は勢いが強すぎたのか、ひっくり返ってシリウスの上に落ちた。
「だって暑いんだよ! 異常だよこの国の暑さは!? なにこれ、この国の緯度本当にインドより北なの!?」
「うるさい、大体日本に一度来てみたいと言ったのはポッターたちだろうが」
「そうだけど何でこんなに暑いんだよ!? この国無駄に暑過ぎ!」
「コンクリートジャングルの都心なら兎も角ここらは充分涼しいだろう! しかも今年は異常気象の所為で全国的に冷夏だ馬鹿者が!」
 叫ぶジェームズに無駄に暑い国の出身者は庭の菜園も冷害を受けて大変なんだと叫びながら回し蹴りを食らわせ、廊下で這っているイヌ科の二人を庭の池の方にぶん投げた。
 水柱が3つ上がったのをスネイプは視界の端で確認したが、ただ黙々と羽ペンを動かし続ける。冷夏なんて嘘だ、とは口の中で呟いていたが。
 池のでっかい錦鯉が跳ねた。
「これで静かになったな」
「そう、だな……」
 しかし、とうとうスネイプも日本の無駄に多い湿気と無駄に高い気温に音を上げた。羽ペンを片付け、羊皮紙を巻く。
「何だ、もうお終いか?」
「やる気がしない……この暑さは異常だ」
「くどい。今年は涼しいと言っているだろう」
 脱水症状気味なスネイプにタオル、はないので水に浸した手拭いを渡したは、廊下に現れた少し年配の女性に律義に一礼して、何かご用ですか? と尋ねる。
『ええ、さん。少し頼まれてはくれませんか』
『勿論です、お祖母様』
『ありがとうございます、実はかき氷が食べたかったのですが……先程台所へ行ったところ、練乳がなくて困っているのです』
『畏まりました。丁度勉強も一区切りしましたし、行って参ります』
 家族同士で堅苦しい会話だと思われがちだが、にとってはこの口調が普通なのだ。口が悪くなったのはむしろ家の外に出たからであろう。
『後でお部屋にお届けします。抹茶練乳で宜しかったですか』
『ええ、それでは頼みますよ』
 それだけ言うと彼の祖母は廊下を滑るように歩いて行く。途中池からはい上がってきた孫の友人たちを微笑ましげに見たが、すぐにどこかに行ってしまった。
「なんだって?」
「かき氷のシロップがないから買いに行ってくる」
「ぼくも行く」
「なぜだ? 暑いのだろう」
「暑い中あいつらの愚痴を聞くのは耐えられない」
「……それもそうだ」
 ってなことで、スネイプとは練乳を買いに行くべく家を出たのだった。
 途中何か複数に名前を呼ばれたような気がしたが無視をして外に出ると、濃い色をした青空が太陽と共に照り輝いている。
「暑い上に無風なんて、地獄だな」
「人の実家を地獄呼ばわりするな。この辺りは川もあるし、田舎だから涼しい方だ。街に出たらお前等揃って死ぬぞ」
 そういえば欧米の地獄と日本の地獄のイメージって少し違うんだよな、とは無駄なことを考えた。
 坂の多い道は全てが下りだった。つまり帰りは上りということだが……それでも木陰の道の傍らに沢があれば格段に涼しい。
 少なくとも、日本人のはそう思っている。
「ああ、自販機があるな。去年はなかったから、今年設置されたのか?」
「ジハンキ? なんだ、それは」
「ベンディングマシーンだ。知っているだろう」
「イギリスの物と少し違うな。それで、何故そのベンティングマシーンが、こんな人通りが皆無の坂道の真ん中の、電気が通っていそうもない場所に鎮座しているんだ?」
「……普通じゃないか、何が不思議なんだ?」
「今判った。お前に妙な発言が多いのはこの国所為だ」
「一々失礼な奴だな」
 チャリチャリと小銭をポケットから出したはそれをスネイプに渡して「折角だから何か買うか?」と尋ねる。
 何だか子供扱いされているような気分になったが、好奇心と探求心に負けて初めて触れた日本のお金を指差された細い穴に入れてみる。「いらっしゃいませ」と機械から女性の声がしてスネイプの方がビクッ! と反応した。
 無言でスネイプの背をの視線が痛い。いや、ジェームスたちがいないのは有り難かったのだが、恥ずかしい。の場合は笑ってくれた方がスネイプにとっては有り難かった。
「……で、どうするんだ?」
「好きな商品の下にあるボタンを押せ」
「どれが何か判らない」
 その言葉に尤もだと頷いたは青い色をしたパッケージの商品を指差した。最後までスネイプにやらせる気なのだろう。
 恐る恐るそのボタンを押すと、またピッと音がして、足下からガコン! と何かが落ちる音がした。多分商品が落ちたのだろう、同時に内蔵されているルーレットが回り出し、高々とファンファーレが鳴る。当たりだ。
 今度ばかりは駄目だった。予期もしないその音にスネイプは心底驚き、躓いて座り込んでしまった。しかもジュースは見当たらない。本当に訳のわからないことだらけだ。
「……ふ、ふふ、はははっ!」
! 何がおかしいっ!」
「お、お前、そんな驚く事!」
「うるさい! 大体詳しく説明しないお前が悪いんだろう! 何だ今の音は! 笑うな!」
「す、すまん。悪かった……ふふっ」
 まだ笑いを納めきれないにスネイプは顔を真っ赤にして怒鳴る。その間にはスネイプの足下からジュースを2本取り出し、片方を勝手に開けて飲む。そしてまたスネイプが怒鳴る。
 端から見ると、結構微笑ましい光景だ。
「ああ……笑った。全く、ここにポッターたちがいなくてよかった」
「本当だ、おい、ぼくの分も残しておいてくれ」
「1本おまけが出たんだ、そっちを飲め」
 投げられた冷たいそのジュースを受け取ったスネイプは内心頼むから家に帰るまでには納めてくれ、と願う。
「大丈夫だ、ポッターたちには言わない」
「そう願っている」
 クスクスと笑い続けるにスネイプは少し違和感を感じた。学校でのはこんなに笑ったことはない。本国の彼はいつもこんな感じなのだろうか。
「ああ、スッキリした。どうした? スネイプ」
「いや……何でもない」
「何でもないという顔ではない」
 ……が、あのが微笑している。何故だ、ここが彼の故郷だから気が緩んでいるのか。それともこれは夏の暑さの幻覚か。
「え、おい! ちょっと待て! スネイプ!?」
 顔面を真っ赤に染め上げたスネイプは態勢を立て直し、坂道を全力疾走した。訳も分からずが追う。
「なんでいきなり走るんだ!?」
 数瞬遅れて飛び出したはしばらくの追いかけっこの後、いい加減頭にきてスネイプの背中の飛び蹴りを食らわせたとか。
 しかしに掴まったスネイプは逃げ出した訳を話そうとしなかったとか。
 それを勘違いしたは延々と「笑って悪かった」と家に帰るまで謝り続けたとか。
 そんな日本の夏の一日。