微睡鳥の繭籠り
夢の内容は、ほとんど覚えていない。ただ漠然と、幸せな夢だった事は覚えている。
今まさに、死に逝く私の為に、私の脳が作り出した、ただの願望に過ぎないけれど、それでもよかった。私は、夢の中で成したい事を成したのだろう。胸の内が満ち足りている。
「言い残す事は」
竜種の長、高い知と技、そして徳を合わせ持った美丈夫が長剣を構え、尋ねた。
専属の処刑人はいない。見物人も。彼等が気を遣ってくれたのか、それとも、何らかの柵が作用したのか。私はどうにも、面倒な立ち位置にいるようだったから。
ただ一人の立会人である、彼の弟も、ただ黙って見ている。
一瞬だけ、その彼と目が合った気がした。私よりも、彼の方が、何か言い残した事がありそうではあった。
「残された魂を導いてください」
最期まで、己の職務を果たせないのが胸につかえる。私という人格が存在していた頃には既にその職務に就いていた、私にはそれしかなかった。その役目が私の全てで、私の全てがそれであった。
死せる者の魂を陰界へと見送る事が、私の役目。肉体がない故にあまりにも無防備なそれを守る役目が私。
人も神も、魂になってしまえば全て同じ。
何千の人間を殺し罪を重ねた者も、産声を上げる前に肚の中で死んでしまった子供も、全て同じ形をして私の元にやってきて、何処かに召される。陰界の場所など知らない。ただ、名を知っているだけだ。その後の仕事は私の担当ではないから、彼等がどのような道を辿るかは、よく知らないのだ。
以前、死んで逝ったと聞く同胞達も、きっと同じ道を通ったのだろう。
ようやく、私も逝ける。
「安心していい、お前の代わりは既に宝貝が行っている」
「そう。よかった」
ただ、道具に守られていても魂は安らげるのか少し不安だった。
まあいい、もうすぐ、自分で確かめられる。
「よかった」
それが合図だったのかは口を開いた私にも分からない。
魅せられる程美しく磨かれた剣が振り下ろされ、大した痛みもなく私の首は跳ねられた。重い音をたてて、自分の頭部が地に転がる音を聞く。
首のない私の体には相変わらず五彩の翼が輝いていたが、端から、赤く崩壊を始める。血ではなく血色の粒子を撒き散らすという事は、私も人界非ざる者の端くれだということか。
首を跳ねた端整な彼も、私をずっと見ていた秀麗な瞳も、私の首を見下ろしていた。
視線が合った。
けれど、未だ誰も口を開かない。
早く、何か言うのなら早くしなければ、もうじき私は私でなくなる。禁を犯し、大切な誰かを傷付けた私を責めるのなら責めて欲しい。私の、意識のあるうちに。
覚悟しているというのに。
何故、それ程までに辛く哀しく、愛しそうな視線を向けるのか、理解出来ない。けれど、その目に、私は、見覚えが。
ああ、そうか。
これは夢の続きなのか。夢への続きなのか。
白っぽく黒ずんできた赤い視界に私は微笑を浮かべ、最後の力で瞼を閉じた。
また、あの穏やかな夢を見ようとして。