曖昧トルマリン

graytourmaline

■ 時間軸:ホグワーツ入学前のIF

■ キチガイ爺と、ド変態メルヴィッドと、真っ当なユーリアンの話

■ 性的に下品なのでR15

■ お爺ちゃん視点

75プルーフを飲み干して

 自棄酒という訳ではないのだが、酩酊していないとやってられない事もある。
 10歳児の肉体に適切な飲酒量などありはしないが、ウイスキーのダブルは適量ではないと身を以て理解した。頭はそこそこ動くのだが、体の方は動きが鈍く瞼が重くなり、いいから寝ろと命令して来る。
 因みにシングルではほぼ素面寄りのほろ酔い程度にしかならなかったのだが、この世に生を受けて10年目の肉体に蒸留酒を接種させてもほんのり酔っ払うだけとは白人のアルコール耐性は一体どうなっているのだろうか。
「珍しい。爺が酔ってる」
「ユーリアン、貴方にはメルヴィッドの性癖と私の立ち位置を考慮した最善の落とし所を素面のまま発案する自信がありますか? あるなら助けて下さい、私にはもう無理です」
「……ああ、うん。そういう事」
 レポート用紙に呪いの言葉にしか見えない文字の羅列を綴りつつ、グラスの底に残っていたまろやかな琥珀色の液体を僅かに舐め取る。
 思考と理性を麻痺させないとどうにもならない事に手を付けているのだ。幼い体に酒は毒というなら馬用の麻酔薬でも持って来て打ち込んで欲しい。もっと欲を出していいのなら、メルヴィッドの性的嗜好が私ではなく世の優しいサディスト達に向けられる妙薬が欲しい。
 夏季休暇終了後にはホグワーツに行かなければならない身の上にも関わらず、メルヴィッドと私の爛れた性的関係から発生した大問題が未解決である現状を突破する糸口を探して早数年。ほぼ諦めかけているから、そろそろ試合を終了させてもいいのではないかと思えるくらいには精神的に疲弊している。
 しかし、諦めて、それで綺麗さっぱり終えられるのならば、だ。現実は非情であり、当事者が諦めた程度で物事は終わってくれない。ユーリアンは既に諦念の表情を全面に出していたが。仕方がない、彼には全く関係のない事なので困るのは私だけだ。
「面倒なら放置プレイでもしていれば? あれドの付くマゾだし喜ぶだろ」
「欠片も喜びませんでした。放置プレイは加減が難しいんですよ、相手が性的快楽を得られなければプレイではなくただの放置ですから」
「経験済みで真面目に分析出来るとか笑えないんだけど」
「笑わせる為に言った訳ではありませんから」
 メルヴィッドの性癖がよく理解出来ない時期に一度やらかした事があるので、過程から結果まで身を以て知っている。
 彼の性的嗜好を満たす条件は中々厳しい。私の下らないお遊びが発端なのだが、何故ここまで拗れてしまったのか理解しかねる程に快楽を得る為の間口が狭いのだ。
 この幼子の体に肉体の自由を制限され、声や視線で羞恥を煽り精神的苦痛を与えなければメルヴィッドは満足しない。別の作業で手が離せなかったり期待感を持たせる為に手段として利用した事は多少あるが、放置プレイそのものが目的と設定された場合は駄目だ。
 酔っ払った口でそう説明すると、ユーリアンは顔面に思い切り面倒臭いと文字を浮かべていた。多分幻覚ではない。実際、この子は口に出して面倒臭いと言い切った。
「あのさ、何で別れないって言うか、殺さない訳? そこまでして付き合う必要ある? メルヴィッドはただの変態だけど、お前は生粋のキチガイにしか思えないんだけど?」
「何故って、それでもメルヴィッドの能力が必要だから、ですけれど。SMを強請られただけで見限れる程度の能力なら最初から私1人でどうにかしていますよ」
「うわあ、体で繋ぎ留める関係とか爛れ過ぎ」
「今更過ぎませんかね、それ」
 正しくは肉体関係のみではなく、元々は単なる利害の一致から始まり、何故か色々と拗れた結果、肉体関係が追加されただけだ。性的嗜好が狂った未来の自分を見せ付けられるユーリアンには非常に申し訳ない状況だが、生憎私の力ではどうにも出来ない。
 どれだけ色に狂ってもメルヴィッドの能力や立場は他に替えがない。万が一、性欲が満たされないなどという不満で暴走してリチャードと同じように彼が死んでしまったら、残された私はどうすればいいのか分からなくなってしまう。メルヴィッドを気遣うのは、全て自分自身の為だ。
 だからこそ、そう、だからこそ数カ月後に迫ったホグワーツ入学以降をどうにかしなければならない。
 思い切り溜息を吐くと非常に酒臭い息になっている事に気付いた。よく考えなくても体が睡魔の誘惑を受けるくらいには飲んでいるので当然である。視界も少し霞んでいるように思えるので、チェイサーでも挟もうか。勿論、更に強い蒸留酒ではなく、水という意味合いのチェイサーを。
「メルヴィッドのモチベーションを保ちつつ、私の時間を犠牲せずにいられる策は一体何処に転がっているんでしょうね。本当に、どうしたらいいのか」
「寝ゲロ吐いて溺死しろよ腐れ酔っ払い糞爺。更に10回時間をかけて丁寧に死んでから僕に懺悔して動物実験用のモルモットに転生しろ」
「動物実験に使われるくらいならペルー料理になりたい」
「僕の前で妄言を口走るな酔っ払いが」
「ウサギを食べても何も言わないのに」
「だから何なんだ、話題が飛び過ぎだ」
 ユーリアンの中では、ウサギは動物実験にも料理にも使われるのに、モルモットはそうではないらしい。人類の役に立つ転生方法は間違いなく実験に使われる動物だが、個人的な嗜好を述べていいのならば、きちんと料理をされて人間の胃袋の消えた方が幸せである。現地人の祝いの席で出される料理ならば尚、幸せだ。
 杖を振り、新しいグラスに満たした冷たい水を喉に流し込み、頭と胃の中をリセットしようとしたが、部屋の入り口にメルヴィッドが現れたのでそうもいかなくなった。隣のユーリアンは馬鹿の上に糞が付く片割れが来たと可愛らしい悪態と吐いていて、その彼らしい変わらない言動に癒やされる。頭を撫でる仕草をしたら、多分思い切り噛みつかれるだろうから止めよう。
 子猫のようなユーリアンに噛み付かれるのは別に構わないのだが、それを切っ掛けにしてメルヴィッドのスイッチが入ったら厄介だ。元々他人の心情や空気を読む行為を苦手としているのに、アルコール漬けの頭では彼の要望に応えられる気がしない。それ以前に、私は未だ解決の糸口が掴めない問題を片付けなくてはならないのに。
「珍しいな、がここまで酔い潰れるのは」
 幸いな事に、現在のメルヴィッドは性欲と無縁の状態らしい。被虐スイッチが入っていないメルヴィッドはただ美しく欠点を含む何も彼もが完璧に整っていて格好良い、プレイ中の彼は何かもう涙やら涎やら色々な体液に塗れて本当に酷い有様なので。
 彼の乗りに合わせて一緒に新たな扉を開く事が出来たらどれだけ楽だった事か。少なくとも現在抱えている悩みなど数秒で片付けられるような妙案が一瞬で浮かぶような精神構造を得られただろう。幾ら肉体は10歳の子供でも、精神的には100歳の爺に性の新規開拓は無茶振りが過ぎた。そもそも性的欲求自体、ほとんど無いのに。
 テーブルの上に散らばるレポート用紙を摘み上げたメルヴィッドは、普段よりもかなり崩れた文字を解読してから呆れた表情を浮かべる。
「何だ。、未だこんな事で悩んでいたのか」
「呼び出される度に帰宅して、プレイに付き合って、ホグワーツに戻れ、と? 10歳児にそこまでの体力を求めないで下さい。体を置いて来ていいなら考慮の余地はありますが」
「駄目だ。何の為に校長と同等の権限を与えてやったと思っているんだ」
「貴方の性欲を満たす為ではありませんね」
 うんざりと呼ぶよりは、げんなりした表情で頭を抱え、手元の残ったウイスキーを一気に呷った。口内から喉、胃がじわじわと熱を帯びる。
 空のグラスをレポート用紙の上に無造作に起き、ふとユーリアンに視線を向けてみると、何か疑問に感じているのか顎に手を置いて考え事をしている風だった。そして、その疑問はすぐに言葉にされる。
「結局ホグワーツには行かせるんだ」
「当たり前だろう。何故行かせないと思えるんだ」
「性癖や対象はこの際無視して、お前の独占欲、どうなってるのかなって。自分の物が手元から離れるとか僕なら耐えられないけど、お前がそこまで変わったとは思えない」
「ああ、ユーリアン。それ勘違いしています、というか、私も割と最近まで勘違いしたまま過ごしていました」
 メルヴィッドは、私に恋愛感情を持っていない。
 嘘偽りなく、純粋に、性的快楽を得る為に私が不可欠だから必要としているだけなのだ。私からの嗜虐行為でしか満たされない、あまりにも対象が限定されたフェティシストだから手元に置いているだけで、好きだとか愛しているだとか幼くて可愛らしくて甘ったるい言葉を吐く関係ではない。
 寧ろ先程ユーリアンが突っ込んだように爛れの極地にいる。
「それ、本気で思ってるなら相当頭悪いね」
「実は独占欲を持っていて私が騙されるようフェイクと演技を積み重ねて、逃げられないよう油断を誘ってから手に入れる算段だ、と」
「端的に言えば」
「然様ですか」
「ねえ、反応薄くない?」
 そんなもの、メルヴィッドの好きにすればいい。真摯に告白しようが、嘘を重ねて堕ちて来るように誘導しようが、彼の勝手である。
 駄目な感じに恋愛観が煮えたレギュラス・ブラックとの交際を許可されている身なので独占欲も恋愛感情も皆無だと考えていたが実は違うのだろうか。実際どうなのかと腕を組み楽しそうな表情を浮かべているメルヴィッドに問いかけるが、好きに想像すればいいと返されたのでお言葉に甘えて好きにさせて貰おう。
「ダンブルドアへの復讐にさえ協力すれば、それ以外は魔法界掌握でもマグル殲滅でも好きにしても構わないのだろう?」
「ええ、仰る通りです」
 出会った頃に告げたように、魔法界掌握でもマグル殲滅でもお好みでどうぞ、である。
 別にそれ以外にも、魔法界の支配など捨てて理想の女性と結婚し子供を授かり幸せな家庭を築く事に専念しても問題ないし、私を理想の御主人様に仕立て上げるよう調教しても構いはしない。
 今回の場合は、私がホグワーツから四六時中離脱する事で隙が発生し、気紛れな呼び出しに駆け付けなければならない事から体力や精神力の目減りが激しく、問題や障害が多種に及びそうだから現在の私は酒の力を借りて突破口を見付けようとしているのだ。不必要で無作為な時間の共有が根本的な問題であり、SM行為そのものが問題な訳ではない。
 まあ、SMに数年付き合っても一切興味を持てず全く興奮もしないので、御主人様調教に関しては辞退してもいいのなら是非辞めたいが。私は叩いたり詰ったりして苦痛を与えるよりも、甘やかして抱き締めたい方の人種である。よく気狂いやら化物やら揶揄されるが、この辺りは割と多数派に属する感性なのだ。
「何が多数派だよ、全世界の人間に謝れ今すぐだ」
「私の考え方、おかしいですか?」
「なんでおかしいと思えないんだよ」
「お酒の所為ですかねえ」
「お前の脳味噌は元からおかしいんだよ!」
 酒の所為にするなと怒鳴り説教を開始するユーリアンの向こうで、メルヴィッドは一連の話題に興味を失くしたのか黙ってこの場から立ち去った。平和な夜である。
 因みに、結局9月から私はどのようにしてメルヴィッドの性欲を満たしつつ復讐の時間を確保すればいいのかという最重要課題は未解決のまま、この日の夜は更けていった。