板チョコ1枚とハイボール
今日は良いマテ貝が入ったが、そいつらに食わせるのは勿体ない。残りの1割に賭けて下拵えは終わったが段々虚しくなって来た、今日の国内試合は平常通りだがU-18の国際試合の決勝戦が行われる。現役スター選手の活躍に興奮する魔法使いが居るように、未来のスター選手を応援したい魔法使いだって大勢居る。
連中の気持ちは判るがな、だから、俺も赤の他人から店を継いだんだ。
いい年した大の大人が酔って騒いでゲロ吐いて潰れてなんてのは日常茶飯事どころか毎日見る光景、店の外で乱闘や脱糞される騒ぎにならないのが不思議なくらいだ。んな事したら俺が殺すと言い含めているからだろうが。両親譲りの黒い肌と筋肉の付きやすい巨体、それに厳つい顔と趣味が筋力トレーニングである事には感謝したい。
毎日磨いては汚されるを繰り返す床掃除は、取り敢えず一区切り。遅めの飯でも食うかと狭い厨房に立てば、店の表のベルが来客を告げた。ランチの時間も大幅に過ぎ、大抵の人間が職場であくせく働いているこの時間に、準備中の看板を無視して入り込むような奴の素性は大抵知れている。
厨房から顔だけ出すとニンジンのような赤い髪が2つ見えた。ビンゴ。
マテ貝はこいつらの胃袋に消えて貰おう。好き嫌いは多いが若い連中はいいね。
「よお、ウィーズリーズ。景気はどうだ」
フレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリー。うちの店の近くで可愛い玩具の専門店を初めた若い奴らで、うちの常連共にも可愛い双子だと言われ大層気に入られている。どのくらい若いかって、未だ10代だから驚きだ。俺がこの店を継いだのも相当若かったがそれでも20代だったのに。
なんでもホグワーツを中退して店を初めたらしいが、その辺はどうでもいい。中退するまでは2年の頃から寮の代表選手だったというからそっちが驚きだ。話を聞けば納得の、あのチャーリー・ウィーズリーの弟とくればもう、うちじゃアイドルみたいなもんだ。
こいつらの兄貴がナショナルチーム入りを蹴った時の店の消沈具合は昨日のように覚えている。そもそも忘れる程に昔の話じゃないが、今もそう言いながらこの双子に絡む奴らは後を絶たない。その酔っぱらいに対して嫌な顔一つせずに応対する辺りが、こいつらがアイドルである理由でもある。
兎に角だ、俺のようなおっさんや、俺よりも長くこの店に通ってる常連の爺共にとって、可愛い盛りのこいつらは格好の奢り対象という訳だ。姿を見せればあれもこれもと飯を食わされ、腹が一杯だと言えば菓子をポケット一杯に詰め込まれている。
どんなに試合が荒れた日でも、こいつらが来れば乱闘騒ぎがいつもより大人しくなるから俺としても大助かりだ。ただ、普通こういうポジションって胸と尻の肉付きが宜しい若い美女が担うもんだよな? とは思う。
「久しぶり、。嬉しい事に景気はいいよ」
「この間大口の取引があって、あれが売れたんだ。そこそこ儲かってる」
「だから今日こそは支払いをさせて貰うからな」
「いつまでも奢れると思うなよ」
「んなもん却下に決まってんだろうが。素直に奢られろ。で、なんだったか。盾の呪文がどうこうって商品だったか? 玩具にしてはジョークがないあんなモンがお前達の店から売れるなんざ、世も末だな」
「姫も買うならうちで買いなよ、安くしておくよ」
「今まで奢って貰った分だけ割引くよ」
「テメエ馬鹿野郎共が。防御呪文1つまともに唱えられない骨の腐ったチキンがこんな店の店主やってられるかよ」
料理は魔法に任せて白いパンと派手なオレンジ色のソブラサーダを突き出す。休憩中だから酒は呑まねえ主義の2人に合わせてガス入りの水をグラスに3つ注いだ。
「姫、僕これ嫌い。苦いし辛いから」
「姫、僕も苦手、変な味がするから」
「お子様舌共め。俺の名前を言えたら変えてやる」
「・プリンセス・」
「ちげえよ、フレッド・パイプカット野郎・ウィーズリー」
「こそ違うよ、僕はジョージさ」
「知るか。俺の中じゃ先に口から糞を垂れ流す方がフレッドで、後で尻穴から声を出すのがジョージって決まってるんだよ」
「おい兄弟、聞いたか。凄い暴言だな。彼の中で僕達は尻から食事する新種の人間だと思われたようだ」
「そうだな兄弟、うちのママに言ったら食事中になんて事を! って怒鳴られるような名言をいただいた気がするよ」
カクテルに使うグレナデンシロップを目分量でぶち込んで差し出すと、流石判ってると返されたが煩えよ。前にミントシロップで出した時に歯磨き粉の味がすると不平言いやがったのはどこのどいつだ、まったく。
ソブラサーダを何の疑いもなく口に入れた後で肉だと思わなかったと驚かれたのは嬉しいやら呆れるやら。ニンジンとトマトを混ぜたマッシュポテトだと思っていたらしい。
玩具もいいが、料理にも少しは興味を持てと言いたい。こいつらを9割の客の中に入れてたまるか。
「そうだ、姫。前から気になってたんだけど、姫ってなんで皆に姫呼びされてるの?」
「常連の爺様に聞いてねえのかよ、フレッド」
「だから僕はジョージだって」
「フレッドは僕」
「そうか。お前はジョージな」
大口を開けてパンを齧ると、駄目だこのオッサンみたいな顔をされた。
だったらどちらか片方が鼻でも削いでこればいい、そうすりゃ一発で違いが判ると言ってやったら、どっちが喋ってもウィーズリーズと纏めて呼ぶように言われた。
「で、俺が姫呼びされている理由だ?」
「そう。だっては男だ。しかも筋肉ムキムキの超マッチョ」
「タトゥーも頭まで入ってる目付き悪い顔怖いハゲだし」
「他は否定しねえが、ハゲじゃねえよ。伸ばすとアフロになるから剃ってんだよ。髪質の問題だ、大抵の男の黒人がアフロかスキンヘッドだろうが。ちょっとでも外見に気を使う女の黒人は、ありゃ大変だぞ。男みたいに剃る事も適当に伸ばす事も出来ねえからな」
そう言えばリーもアンジェリーナも雨の日は特に髪の毛がどうこう言っていたとウィーズリーズは口にする。肌の色で差別されないってのは良い世界だね、代わりに魔法使いかどうかで差別されるけどな。
「あ、もしかして心は女とか?」
「男が好きとか?」
「んな訳あるか」
黒人でスキンヘッドのマッチョタトゥー野郎が姫と呼ばれるなんてぞっとしねえが、それがこの店の伝統なんだというのだから仕方がない。
元々プリンセスってお寒い呼び方は、この店じゃマスターやオーナーと同義だ。この店を作った初代の店主がプリンセスってイカれた上にセンスもないファーストネームだっただけだ。プリンスって純血一族も居たから別に可怪しかないが、可笑しいな。因みに初代はビール腹で髪が後退し始めたばかりの白人男性だったらしい、流石に同情する。
この店が出来たのは1820年代だから、もう170年以上昔の話になる。や、イギリスじゃ、たった170年か。それ以来、この店の店主は独身男でも老人でもプリンセスって呼ばれる寸法だ。伝統なんて糞食らえと思うのは、差別を受けた時以外だと、こんな時だろう。
「プリンセスは判ったけど、プリンスなんて一族居たかな」
「どうだろう、あんまり興味なかったから」
「そういや、お前達も純血一族だったな。あんまり、そうは見えないが」
「そりゃ僕達にとって褒め言葉だよ、姫」
「褒めるつもりもなかったが、そういうもんか? 俺なんて上から下までどう見ても純血の黒人だが、黒人に見えないと言われても気色悪いだけで嬉しかないがな。それは突き詰めると、黒人を下に見てる差別意識の現れに過ぎないだろ」
「だっては黒人を好意的に捉えていて、プライドがあるじゃないか。僕達はプライド以前に純血一族が嫌いなんだよ。特にマルフォイ家とか」
「ああ、そういう事か」
それを客の連中に話した事は、当然ないだろう。少しでも喋っていたら途端に乱闘騒ぎが始まっちまう。
「一応、言っとくぞ。うちの店の客は純血に好意的だ、チームのスポンサー様は大体没落しなかった純血一族が経営している企業だからだ」
それで、その純血一族はというと、数百年前まではマグルの貴族や大商人をパトロンにして食って来た連中の生き残りだ。当然、金を出す側のなんたるかは知っている。自分達が求めていたもの、何をやって欲しくなかったか、血と骨に染み付いている連中だ。
マグルのクラブはその辺りの軋轢がよく報道されるらしいが、魔法界にこの手のスキャンダルは驚く程少ない。仮に起こる事があったとしても、スポンサー経験が未熟な成金が口を出して問題を起こしている場合が多い。
おまけに、競技用箒の開発もこれまた純血一族の金で成されている。こっちは後発の民間企業も大勢居たんだが、例のあの人が大暴れした時期に萎縮しちまったから仕方がない。
内乱は経済に打撃を与える事を知っていたやったんだろうか、実際、あれで非純血系の企業は勢いを失っちまったから、狙っていたんだろうな。例のあの人は天才だって言うし。この事に関しては、諸外国の企業が裏で糸を引いていたって陰謀説まで流れる始末だ。
「だから余りそういう事を口走るなよ、問題の火種どころかちょっと触ればこの店が景気よく吹っ飛ぶ爆発物だ。鼻の骨が折れても知らねえからな」
「さっきは鼻を削げって言った癖に」
「判り易い目印を付けろって事だ。ジョージボーイ」
言ってしまってから気付いた。相手も勿論気付いたみたいだ。
「姫、僕達の区別付いてるじゃないか!」
「なんで混ぜて一纏めにしようとするんだよ!」
「なんで違いが判るのかは聞かねえんだな」
「そんなものよく観察すれば判るから!」
「パパもママも僕達を間違えた事なんてないから!」
ま、道理だ。一卵性双生児たって別の人間だ、よく見りゃ違いが幾つもある。
ただ、よく見なきゃ判らん。偶にふらっとやって来るアイドルの区別を付けろったって、そう簡単な話じゃない。
「面倒だから」
「冷たい!」
「短い!」
「じゃあ、年寄りだから見分けるのが辛い」
「姫まだ若いじゃん!」
「マッチョだし!」
「マッチョ関係ねえよ。いや、あるか。お前達の区別は筋肉で付けてる」
「全く嬉しくない!」
「ちっとも嬉しくない!」
「お、マテ貝とトマトのパスタ出来たぞ。食うか? いや、食え」
酷いやら冷たいやら文句を無視してフォークを握らせると素直に皿に向かい、途端に静かになる辺りがまだまだ子供の証拠だ。酒の入った大人はこうはいかない、拳を使い怒鳴る必要すらある。
マテ貝を食った事がないのか、レーザークラムとは何だと互いに顔を見合わせて恐る恐る食うウィーズリーズの目の前で、自分の皿にドライパセリを大量に振り掛ける。ミントが苦手なお子様舌共は、当然のようにパセリも嫌いだと抜かしやがったからだ。
ちょっと塩辛いが仕方がない。甘いデザートなんて洒落たもんはうちにないから、後で板チョコでも尻ポケットに捩じ込んでやろう。
そして、こいつらがもう少し成長して酒に酔えるようになったら、その時はポケットじゃなくカウンターに置き、ウイスキー辺りの肴にしようか。
だから今は、苦くて辛いだけの水で我慢だ。