[ Devil May Cry | ネロ ]
ふ、と暗がりから意識が浮上する。体の疲労回復度的に朝が来るにはまだ早い、寝足りないなと思いながら蒼白い光を感じ取って目を開けると、家探ししてるネロと目が合った。何故か右腕がタオルでぐるぐるに巻かれている。
怪我かと心配したけど、血や消毒液の匂いはしないからどうもそうではないらしい。何か物凄く光ってるけど、兎に角怪我とかそういうのじゃない事は何となく判った。
なんか気まずい顔してるから、場を和ませる為の冗談として、おっさんのエロ本は仕事場の資料に紛れ込ませてあるからこの寝室探してもないよと全力でふざけてあげたら握り潰されるだろうか。敢えて何をとは言わないけど。
「あー……ネロ、お帰り」
「ただいま、起こしてごめん」
「いーよ、気にすんな。で、どーした。何か落としたか? 電気付けていいぞ」
「別に電気は大丈夫、だと思う」
「そうか?」
「それよりさ、おっさん。オーブ持ってないか? ブサイクな石」
ブサイクな石と言われ、寝惚けた頭を傾ける。思い当たる事が、1つあった。
「これの事?」
「おい、何で枕の下に入れてんだよ!?」
「いや、新しいお客さんに思いっ切り悪趣味なヤツ彫って欲しいって頼まれたんだけど、おっさんそーゆー系あんまりデザインしねーの。精々髑髏とか蛇とか、そういうの」
でも仕事だから断る訳にも行かないし、身元も割りとちゃんとした人だったから引き受けて、さてどうしよーかと悩んでた所に紅茶を飲みに来たバージルが登場。悪趣味な造形した無害の悪魔って居ないかなと相談したら溜息吐かれながら渡されたブツだ。因みに危険じゃない悪魔なんて居ないらしい。
正直極度に不細工なだけで悪趣味とは遠い気がしたけど、まあ一応、枕の下にでも入れておけば悪夢見れるかなと思って。
そんな事をごちゃごちゃと言っていると、手の中の赤い不細工な石がネロの右腕に吸収される。そう言えば隣に住んでる不細工ではない赤いのがネロの腕って何でも収納するから便利だとか何とか言って、青い方が言葉を選べとか怒って喧嘩してた。成程、収納云々は嘘じゃなかった訳だ。
「ん。あれ? 腕の光、弱くなったか」
ネロの右腕は青く透けた部分が常時弱々しく光って綺麗だけど、そう言えば巻かれたタオルの隙間から漏れてた光は結構強烈だった。そっか、この光に起こされたのか。
「オーブが近くにあると強く光るんだよ。あんたが悪夢見たいって言うなら返すし、今日は自分の部屋に帰って寝るよ。仕事で必要なんだろ」
本当にさ、何でネロはこんな良い子なんだろうね。おっさん嬉しくて泣きそう。
「プライベートな時間に恋人より仕事を優先させる程おっさんはアホじゃねーよ。それにどーせ隣に戻ったら煩くて寝れねーだろ。うちで休んで疲れ癒やしとけ」
耳を澄ませば聞き慣れた銃声や斬撃音、隣の店の、いつもの兄弟喧嘩だ。
「隣のあれ、今度は何だ?」
「バスルームの取り合い。今日片付けた悪魔がドロッドロのグチャグチャでさ、全員無傷だけど粘液塗れ。あ、俺はこっちのシャワー借りたから廊下とか汚れてたらゴメンな、裏口からバスルームまで一応拭いたんだけど」
うん矢っ張りネロは良い子で可愛い。真っ昼間の接客中に泥塗れて表口からやって来た挙句掃除もしない何処かの可愛げのない兄弟とは雲泥の差だ。
「ネロは本当によく気付く子だな。よし、この薄くて頼りない胸に飛び込んで来い。今日はおっさんが抱き締めて寝てやろう」
「俺の体重がひ弱なおっさんの細腕にかかったら骨折か潰死しそうだからパス」
両腕を広げる俺に向かって、そう言いながらネロは巻いていたタオルを首にかけ直す。鼻を掻いて照れ隠しする所がまた可愛いが、物騒な言葉そのものは確かに否定は出来ない、おっさんは歳が歳だし、自宅が仕事場の引き篭もりで体格も大変貧相だ。物理で悪魔を泣かせちゃうネロを真剣に受け止めたら多分押し潰されて死ぬ。
大分意味が違う腹上死、と下品な事を考えていると、腕の光をちょっと白っぽいオレンジに染めながら、だから俺が抱き締めて寝てやるよと、あの妖精ネロが言ってくれた。
いや、判ってる。ネロの言う抱くは、本当に抱き締めるだけの抱くだ。間違ってもあんな事やそんな事にはならない。今迄もずっとそうだった。それでいいのか青少年。
「ほら、おっさん。詰めろ、それかいい加減ダブルベッド買え」
「ネロの居ない時のダブルベッドに1人寝とか寂し過ぎて涙で枕が濡れるから却下」
冗談ぽく言いながらネロの手を取り、腕の中に収まって、暗闇の中ぼやっと光る腕が相変わらず綺麗だななんて思っていると、声だけで小さく笑われた。
「大丈夫だって、ちゃんと帰って来るからさ」
ネロがそう言ってくれるならじゃあ買っちゃおうかなー、なんて、軽口を叩きながら、腕の光から逃れる為に厚い胸板に顔を押し付ける。
何でそんな事したかって、決まってるじゃないか。いい年したおっさんが頬を染める姿なんて、見せたくなかったんだよ。