曖昧トルマリン

graytourmaline

[ Harry Potter:恋愛 | ヴォルデモート ]

 ただ目の前にあったから。他に理由はない、筈だった。
 春の花を数輪だけ花瓶に挿して、頬を薔薇色に染めながら満足そうにしている幼子の手が私の目の前にあったので、その手を取って手の平にキスを落とした。
 摘まれたばかりの花の香りと、少し青臭い草の匂い。ふっくらと丸みを帯びた柔らかな肌に舌を這わせると流石に驚かれたのか小さな可愛らしい悲鳴を上げられる。
「リドーさん、おねがいごとがあるの?」
 驚いた直後であるのに不思議な言葉の選択をしたものだ。手の平を舐められる事と願い事が何故繋がるのだろうかと僅かな時間考え込んだが、すぐにそれも繋がった。
「グリルパルツァーの接吻か」
「ぐり?」
「……知らないのか?」
「しらない。ドイツの人?」
「ああ近いな、オーストリアの劇作家だ。オーストリアは知っているか?」
「うん、しってるよ。チョコレートケーキと、音楽と、カンガルーがいない国」
「間違っては、いないかな」
 いないのだが、国の特徴といい、キスの格言の内容といい、この子の妙に偏った知識は何処から拾ってくるのだろうか。大体の見当は付くが、尋ねずにはいられない。
「また家の誰かに教えられたのか」
「うん」
 手の平にキスをされたらその人に願い事をされていると教えられたと、いつも通り面白半分で都合の良い知識の一部分だけを吹き込まれたらしい幼子が花瓶を放置して私の腕の中にやって来る。
 温かな子供の体温を持った小さな手が私の手を取り、春の日差しに溶けた笑顔で、何が欲しいのだ、自分の持っている物ならば何でも差し出せると、甘く純粋な言葉が投げられた。この腕の中にある全てが欲しいと、欲に塗れた甘ったるい言葉を返したら、この子は一体どんな反応をしてくれるのだろう。それでも良いと、笑ってくれるのだろうか。
「それじゃあ、キスをしてくれないか」
「キスでいいの?」
「キスがいいんだ」
 英語が未だ拙く、細かい言葉の違いに気付けない幼い子供は春の笑顔を振り撒きながら首を縦に振り、取ったままの手に唇を寄せた。
 手の甲にキスを落として満足そうな表情をしているこの子に対し、そうじゃないとも言えず、仕方無く頬の上にキスを落とす。手の上ならば尊敬、頬ならば満足感のキス、その知識もこの子の中に存在していたのか、嬉しそうに俯いて照れていた。
「ああ、そうだ。邪魔して済まなかった、その花を先生の部屋に飾るんだろう?」
「うん、かざるの」
 顔を上げて今迄とは違う類の笑顔を浮かべた幼子は私から離れ、小さな花瓶を両手でしっかりと持ち、花を飾るべき部屋へと行ってしまう。
 静かになった部屋の中で、私は独り欲望のままに、自分の手の甲にキスをした。

私の掌にキスをして