曖昧トルマリン

graytourmaline

[ D.Gray-man | マルコム=C=ルベリエ | 流血注意 ]

 ロッキングチェアに揺られて微睡んでいると名前を呼ばれたので、気怠さを振り払いながら緩く瞼を上げる。ついこの間、愛する女性を娶った息子が隣に佇んでいて、腕の中の小さな生き物を見せて来ていた。
「無事生まれたよ、男の子だ」
「そうか、良かったね。彼女にも、おめでとうと伝えて」
 昔は随分お喋りだったこの口も、今や歳相応に衰えて言葉少なくなっている。昔はもっと取っ付き易い性格をしていてはずなのだけれど、半世紀も生きていると何処も彼処も固くなっていってしまう。
 エクソシストとして最前線でアクマと戦い、イノセンスを回収する為に昼夜を問わず世界中を駆け巡ったのは既に過去の栄光だ。今は有能な息子に席を譲り、片田舎で余生を過ごす一人の男に過ぎない。若い頃に随分奔り過ぎた事もあって今は隠居の身だ、同年代の中ではかなり早い。
 いや、過去なのか? 栄光とは? 同年代とは誰だ? 昔とは、何時の昔だ。
「父上に名前を付けて頂こうと思って」
 この思考を遮るように息子が言う。私と同じファミリーネームを持つ息子、けれどファーストネームが思い出せない。そもそも、私は結婚をしたのか? 何時、誰と?
 息子が差し出した腕の中には、男の子の赤ん坊が一人。ああ、でもこの子なら、この子の名前なら判る。知っている。
「マルコム。マルコム=C=ルベリエ、それがこの子の名前だ」
 コルム坊や。可愛い可愛い、ぼくの指揮者。
 彼が指揮棒を振り、ぼくが歌う。何度も何度も死にながら歌い狂う。
 こんな平和な世界なんて存在しない。存在したとしても、きっとぼくはこうしてほら、狂っている。腹腔に大穴が開いて内臓が溢れていった。胃と腸と肝臓と、あとはよく判らない臓器が一杯床に広がった。
 顔も名前もない息子と言う記号が血塗れのぼくを見て微笑んでいる。マルコムか、良い名前をありがとう父上とか笑える事を言っている。
 これは夢だ。全部夢だ。
 そうしてぼくは銃口を咥えて引き金を引き、脳幹を破壊した。見上げればほら、何時もと同じ暗い真夜中の天井が見える。血と骨と脳味噌の欠片に塗れたベッドに横たわるぼくの体も何も変わらず、ちゃんと子供のままだ。
「ああ、すっきりした」
 それにしても、何て酷い悪夢だったんだろう。

27時の継接劇