[ D.Gray-man | マルコム=C=ルベリエ ]
またリナリーのお嬢ちゃんに怯えられたのかい、と問いかけると、革張りの高価な椅子に座っていたコルム坊やは困ったように肩を竦めた。さっきコムイ坊やが血相変えて走ってるの見たからそうだろうなとは思ったけど、矢っ張りそうだったらしい。
今頃科学班の人達がホームの中を捜索しているんだろう、全く迷惑な兄妹だよ。
尤も、ぼく程ではないんだろうけどね。
「折角彼女の為にチョコレートケーキを作ったのですが、無駄になってしまいましたよ」
食べますか、とコルム坊やに問われて、鼻で笑って返す。
「食べたくないから、食べない」
「でしょうね」
まあ、ぼくは寄生型のエクソシストなので大抵の物は食欲のある無しに関わらず食べる。シュールストレミングもキビヤックもサルミアッキもカース・マルツゥもバロットも皆胃袋に詰め込む。空腹だったら綿でも羽毛でも紙でも自分の肉でも食べる。でもそれは、食べたいからなのだ。
コルム坊やが作るお菓子は大好物だけど、他人の為に作られた料理だけは食べない。ぼくの為だとか、誰でもない人間の為だとかなら良いけれど、特定の誰かの為に作られた料理やお菓子は食べたくない。
多分、これは嫉妬だと思うのだけれど実際どうなのだろう。
何にしても理由は以上である。だから、食べない。例え大好きなコルム坊やが作った、大好きなお菓子でも。
「貴方の為にはちゃんと別の、このドボシュトルタを用意しておきましたよ」
「流石コルム坊や!」
「因みにドボシュトルタのドボシュとは生みの親のハンガリーの料理人である」
「食べていいよね!?」
「ドボシュ・C・ヨージェフから取られたもので、かのフランツ・ヨーゼフ1世も好物だったと言われている伝統的な」
「美味しそうだな、ホロ苦いチョコレートのいい匂い」
「毎回この遣り取りとしている気がするのですが、偶には私の講釈を少しは聞く気には」
「ねえねえ、早く食べたいな。凄い綺麗だよ、食べたいよ」
「……判りました。召し上がって下さい」
「いただきまーす!」
右手でサービスフォークを構えて、コルム坊やの了承と共に突撃させる。本当は手掴みで食べたいんだけど、流石にホールケーキ相手だとコルム坊やが怒りそうだから止めてる。やった事ないだけで、もしかしたら怒られないかもしれないけど。
「矢っ張りコルム坊やのお菓子は美味しいなあ、幸せだなあ」
今日残っているのは書類仕事だけ。流石に自室の机上で頭ぶち抜かれたり臓物ぶち撒けたりする事はないだろうし、偶にはこんな休息があっても良いのかもしれない。
明日からはまた、遠くの地で死んでは生き返る仕事が待っているのだし。