[ Devil May Cry | ネロ ]
力強い悪魔の右腕がフライパンを軽く振ると、ぺん、と可愛らしい音を立ててこんがり琥珀色に焼き上がったパンケーキが宙を踊った。甘くて擽ったい良い匂いがキッチンに広がり漂っている。
「おっさん、さっきの皿寄越せ。皿」
「ん」
塩と胡椒が振られたベーコンエッグが乗っていた大皿に、甘くて小さなパンケーキが沢山並ぶ。あれ、何だかこれ新婚夫婦っぽくないか? とは考えたけれど、俺の口は言葉にして出さない。恋人に怒鳴られるのは平気だが、照れ隠しに熱せられたフライパンを顔面に受けても平気で要られる自信は、生憎存在していない。
まあ、別に肉体的に平気じゃないだけで、ネロは可愛いなと思う気持ちには変わりないんだけど。でも凶器の宝庫キッチンで暴力に直結した照れ隠しを爆発させられては流石にちょっと困る。
「ミルクティーは入れたか」
「おー。出来たぞ」
「おっさん料理は全く駄目なのに、ホントこれだけは出来るんだよな」
「まあな」
「褒めてねえよ、それしか出来ねえって貶してるんだよ。胸張るな」
あんた放っておくと碌に食事も摂りゃしねえしとか何とか、ブツクサ言いながら大皿を2つ抱えたネロが冷蔵庫やコンロの間を往復して行った。
「突っ立ってるなよ、ミルクティーと、後これ運べ」
「おお、凄いなこれ。サラダか、カラフルだな」
立方体に切られた優しいグリーンと鮮やかなレッドのサラダに感心していると、件の右手で側頭部を弾かれた。
「アボカドとトマト切って混ぜただけだ馬鹿。ドレッシングはこれ、おらキリキリ運べ」
「りょーかい」
軽めに返答すると更に追加で尻に蹴りが入る。尻と言えばこの子まだ俺に手を出す、と言うかキスすらして来ないんだけど、その辺は一体どうなっているのだろうか。いや積極的にネロにケツ掘られたいとかそういう欲望は持っているないんだけど。
まあ、何にしても朝食の席で話す事ではないな。うん。
サラダとミルクティーを運び終わると、俺の倍くらいの量がよそってある皿の前にネロが座り、俺はその反対に座る。ダンテの胃袋も随分強靭だけど、ネロも結構よく食べるよね。この子の場合はまだまだ育ち盛りだから、だけど。
祈りの言葉も何も無くおもむろにフォークを取って食事を始めるネロに倣って、俺も小さなパンケーキの端っこを切って口に運ぶ。うん、流石ネロ、美味い。
「そのパンケーキ。味足りなかったら適当に何か掛けろよ、味付けてねえし」
と、言いながらネロはプレーンのパンケーキを既に1枚食べ終えていた。よく見るとベーコンもサラダも着実に減っている。流石育ち盛り、年齢と共に胃袋が衰えているおっさんには真似出来ません。
「因みに不必要な情報だろうけど、向こうの赤いおっさんは味見る前にホイップクリームと苺ジャムを大量投下しやがった」
「あー。あいつ苺好きだよな」
「好きとかそんなレベルの話じゃねえよ! 1瓶1袋使い切りやがったんだぞ!? あの糞味覚の薄らハゲ!」
「1回の食事でか、ヘヴィーだな。胃袋的にも財布的にも」
バージルの名前が出てないのはアレだろうか。まだ外食してるのか、ネロがこんなに美味しい物を心を込めて作ってくれてるって言うのに。
いや、単に知らないだけかもな。バージルだし。ダンテ言ってねーだろうし。
バレた時が面倒だな。また俺の城に穴が空く。でもどうしようもないしな。
朝から元気に暴言を放つネロをサラダを突っつきながら観察していると、綺麗な青い瞳がふと何かに気付いたように俺を見た。あれ、おっさん何かした?
「つーか、おっさん本当に何もかけなくて平気か?」
「うん。すげー美味い、いつも思うけどさ、ネロってすげーおじさん好みの味で作ってくれるよな。おじさん幸せ」
「……別に、そう言うつもりで作った訳じゃないけどさ」
「そーなの?」
「あんたが喜んでくれるなら、それでいいし」
赤い顔して俯いてしまった可愛い可愛い恋人に、さておっさんは何て声を掛ければ正解なのだろうか。
取り敢えず、今日は一日臨時休業にして、ネロと一緒に居る事にしよう。