曖昧トルマリン

graytourmaline

[ モノノ怪 | 薬売り ]

 南蛮の菓子なのだと、相変わらず笑う事と困る事しか知らなそうな男、花売りが何やら柔らかそうな黄色い塊を差し出して言った。
「 かすていら ですか 」
「御存知でしたか」
「 当たり前だ それで これはどうしたんだ 」
「花の仕入れと一緒に買わせて頂いたんですよって」
 しみったれた宿屋に不釣合いな傾奇者が二人、高価な南蛮菓子を挟んで座る図と言うのは可怪しな物だがしかし、可怪しいと言えば全てが可怪しいような二人組なので今更何も言うまい。
 皿の淵が欠けた安物の器に鎮座するかすていらに、これもまた安物のお茶が添えられる。熱い内にどうぞと花売りが言うが、器も湯呑みも一つしかないのに如何様にして食べろと薬売りが反撃した。
 返って来たのは、人に友好的な古狼のような優しい言葉だった。
「あっしはもう食べましたよって。クスリウリ様だけどうぞ」
 見え透いた嘘を、と内心で罵り、薬売りは大きく舌打ちする。吐いた嘘が見破られているとは考え至っていないのか、花売りは何故怒ってしまったのか判らないと言う表情で肩を強張らせた。
 単に分け合って食べようと提案すれば済む事象なのだが、如何せん薬売りは素直で無く、花売りは人間の感情を読み違える。ここでもう一人、通訳の出来る、否、と言うよりは互いの感情が汲めてしまう故に貧乏籤を引く羽目になっている男が居れば少しは違ったであろうが、生憎彼は薬箱の中で惰眠を貪っているようだった。尤も、目が覚めていたとしても仲裁になど入りたがらないであろうが。
「 そうか では貰おう 」
 今回は、先に折れたのは薬売りであった。
 鋭い犬歯が生えた口が黄色い塊を一口分咀嚼し、白い喉が嚥下する。空色の瞳が目の前の、笑えば良いのか怯え続けた方が良いのか判らずに右往左往している男を見た。
「クスリウリ様」
 満足して頂けたでしょうか、と続くはずの言葉は、淡い紫の唇に吸い込まれる。薬売りの甘い舌先が花売りの舌を舐め、歯列をなぞった。
「 嘘吐きめ 」
 同じ味がしないではないかと詰られた花売りは突飛な行動に丸くしていた目を細め、矢張り何時もの様に困ったように笑うのだった。

castella