[ Harry Potter:恋愛 | ヴォルデモート ]
桃に似た柔らかな頬が紅潮し、大きな瞳が私とレイヤーケーキの間を往復しては幸せそうに笑う。その表情とは裏腹に、ケーキフォークを握った小さな手が食べるのが勿体ないと言いたげに震え、ケーキを切り崩して良いものかと躊躇っていた。
数秒か数十秒かして、ようやく覚悟を決めたらしい幼子はケーキフォークを横にしてクレープとクリームが層になったケーキの攻略にかかる。攻略とは言っても単にケーキにフォークを入れて食べるだけに過ぎないのだが、それですらこの子にとっては一大冒険なのだろう。
フォークの先に乗った小さな切れ端を口に含み、口端にクリームが付着した事も気付かないまま未知の物体を恐る恐る咀嚼する様は見ていて面白い。眉尻が下がり幸せそうな顔をするこの子を見ていると、私まで幸せな気分に浸れた。
「おいしい」
未熟な桜桃のような唇が囁くような小さな声を漏らす。私が笑うと幼子は照れ、今度は少し大きな声で美味だと言った。
「リドーさん。おいしいおみやげ、ありがとうございます」
「気に入ってくれたようで何よりだよ」
私の本性を多少知る者からすると白々しいと言われそうな台詞であるが、この幼子に対する私の言葉は10割が本心である。随分捻くれた私にもごく在り来りな言葉を言わせる事が出来るのだ、この幼い少年は。
「リドーさんも、あーん」
先程よりも少し大き目にケーキを切り取り、幼子は私にフォークを向ける。取り立てた他意は無く純粋な善意からだろう、恥ずかしがっている様子も見受けられない。
誰に見られている訳でも無し、と内心で言い訳じみた言葉を吐きつつ口を開けると、薄いクレープ生地とそれに挟まれたクリームが口の中に放り込まれた。食感自体は珍しいが、味は普通にクレープと固めにホイップしたクリームのそれである。
「おいしいねえ」
一切れ幾らもしないケーキを幸せそうに頬張り、口の周りの其処彼処にクリームを付けて年端もいかない幼子が笑う。心の底が凪ぐ穏やかな時間だと、つられて私も笑った。
金属と陶器が触れ合う音を時折耳の挟みながら、一体どのタイミングでこの子の口端に付いたクリームを拭ってやろうかとふと思い至る。
どうにも私は、この幼い少年に心を奪われているらしかった。