[ Harry Potter:HTC1 | メルヴィッド ]
さて、と考え込んでしまった。作ったはいいが、どうしようかと。
目の前に鎮座するのは今作ったばかりのミルフィーユである。パイ生地と、カスタードクリームと、ホイップクリームと、ラズベリーで作った、ごく普通のケーキである、のだが。
『どうしたものでしょうねえ』
作ってから言うのも何であるが、正直私はこのミルフィーユが苦手であった。否、食べるのは好きなのだ、ただ問題はその食べ方であって。
「何だ、深刻そうな顔をして。珍しく料理にでも失敗したか」
『そんな事があったらもっと悲嘆に暮れています』
「お前は本当に料理に関しては真剣だな」
『否定はしませんよ』
小腹が空いたのかキッチンに出向いてきたメルヴィッドに声を掛けらた。どうにも不安が顔に出ていたようだったが、別に構いはしないだろう。私の悩みは大した事ではないのだ、大多数の人間にしてみれば。
お前の脳味噌は回転数が遅いし許容量が少ないから深刻振って考えても無駄だぞ、と大変有り難い言葉をメルヴィッドが告げ、今作ったばかりのミルフィーユを物珍しそうに眺めた。ミルフィーユと言う菓子自体は200年程前から存在していたが例によって発祥はフランスなので、純正イギリス人で孤児院暮らしで嗜好品もまともに手に入らなかった戦中世代のメルヴィッドは初めて見る品だったらしい。
尤も、私の作る料理は魔改造のある無しに関わらず大体に於いて初見である事が多いらしいのだが。
まあ、そんな事はどうでも良い。どうでも良くないのは、今正にこのミルフィーユを食べたそうにしているメルヴィッドである。
正式な食べ方を教えるか否か、私の悩み所はそこであった。
知っての通り、ミルフィーユは非常に食べづらい。見た目と味は美しいが食べ方に関してだけ言えば完全に料理人からの挑戦状としか思えない程食べづらい、初見でこれを美しく食べ切れる人間が居たらその人物は脳味噌の回路が何処か可怪しいのだと思う。普通のケーキに接するようにフォークやナイフを入れてしまったら最後、クリームは端々から飛びでるわパイ屑は皿を汚すわ層は崩壊するわの惨劇に見舞われるのだ。少なくとも初見の私はそうであった。
しかしだからと言って、横に倒して云々を事細かに説明するのも違う気がした。敷居の高いホテルやレストランで提供されたのならまだしもこれは素人の作ったただの家庭料理であるし、何より目の前のミルフィーユは店に提供される前段階の状態、奥行きが非常に長い直方体のままである。倒し様がないではないか。
「で、この菓子は完成しているのか」
『してはいますが』
「では貰うぞ」
何時の間にかミルクティーとフォークを用意して臨戦態勢を整えていたメルヴィッドが、私の曖昧な返答を了承と取ったのか銀色の切っ先を中央部に突撃させた。当然、一刀目でミルフィーユは真っ二つに崩壊する。が、当人はそんな事を全く気にせず更に突撃を続け、一口大になったパイ生地やそれに乗ったクリームとラズベリーを咀嚼していた。
「なんだその目は」
『いえ何も』
皿の上はパイ屑とクリームとラズベリーの果汁に汚れ、ミルフィーユ本体も無惨に瓦解してしまったが、そんな細かい事等気にも止めずに食べ進めて行くメルヴィッドを見て居ると、私の視線に気付いたのか子供っぽい表情で、お前にはやらないし第一食べられないだろうと可愛い事を言ってくれる。どうやら気に入ってくれたらしい。
『ミルフィーユ、美味しいですか?』
「まあまあだな」
鼻で笑いながら大して興味のない演技をしつつ甘味を嬉しそうに食べる美しい青年を見る事が出来て、私は何て小さな事で悩んでいたのだろうと笑ってしまう。
同時に、この子の隣に立っている事が酷く幸せに思えた。