曖昧トルマリン

graytourmaline

[ 創竜伝 | 始 | 日常系 ]

 あ、と思った時には遅かった。
 目的の駅に到着し、人の流れに乗って車外に出ようとした所だったのだ。
 友人同士に取られるような他愛ない会話をしながらだったのが、もしかしたらいけなかったのかもしれない。気を取られて目測を誤ってしまったのだろう。
 己の遥か頭上から響いた鈍い音へ、一部乗客の視線が集まった。
 身長188cmのイケメンが1850mmで設計されている電車の扉上部で頭部を強打。あまり目にする光景ではないが、それ程珍しい光景でもない。少なくとも、己の中では。
 心配する事も笑う事も出来ない、何とも微妙な空気の中、恋人は平静を装って車外へと出る。後ろから見た彼の耳は、羞恥からか何なのか、真っ赤になっていた。これは変な所で常識人なのだ。
「まあ、始。アレだ、こんな日もあるさ」
「慰めないでくれ、余計落ち込みたくなる」
 そして変な所で繊細な己の恋人は本当に落ち込んでいるようで、己に見られて格好悪いとか何とか呟いている。別にそうとは思わないが、これで結構長い付き合いなので見慣れている光景でもあるのだし、今更格好良いも悪いもないだろう。と思うのだが、矢張り始は変な所で常識人、或いは繊細なのだ。
 そんな他者の目を気にする恋人の為に人の流れから少し逸れるように歩いて、腕が触れ合うくらい近くに並んだ長身を見上げる。赤くはなっているが怪我はしていない。幸いな事に、扉には軽くぶつかっただけらしい。
「俺は寧ろ始のそういう、ちょっと間の抜けた所が好きなんだけど」
「……そうなのか?」
「澄まして淡々とされているよりは、ずっと好きだな」
「喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、判断の付かない言い方だな」
 そう言いながらも、少し困ったような表情で笑う始も、己は好きなのだ。ただ、あんまり好き好きと連呼すると逆に疑われそうなので程々にしておくが。
 第一、もうそんな事を連呼する歳でもないし、性別でもない。いや、より正確に言うと、体力がないのだが。
「お前はどちらかと言うと、淡々としているな」
「そう見える?」
「おれと比べてなら」
「ふうん。よく見てくれているんだ」
「好きだからな」
 腰を屈めて、吐息が掛かりそうな位に間近でそう言った始は、今日一番の、とても綺麗な笑みを浮かべてみせた。

差分30mm