曖昧トルマリン

graytourmaline

[ D.Gray-man | アレン | 日常系 ]

「あれ」
「げっ」
 任務中に粉砕された体の修復も大分済んで、お腹も減った事だし久々に食堂に顔を出そうと思ったのは、午後2時が過ぎた所。この時間ならテーブルを丸々占領しても怒られないだろう、とぼくなりに教団員の事を考えての行動だった。
 そうして足取り軽く自室を出て角を2度程曲がった先に、最近目に付くようになった白髪頭の少年を発見した。名前は確かアレン坊や。元帥として働き始めたクロス坊やが手元に置いて育てていた寄生型の弟子。一エクソシストであるぼくが知っているのはこの位だ。
 ああ、そうだ、追記がある。どうにもこの坊や、周囲の人間からぼくに関してあることないこと色々と吹き込まれているらしい。確定ではなくてあくまで推測しているのは、真実そうなのか確かめた訳ではないから。
「こんな所にまで散歩かな。参考になるかどうか判らない事を言っておくと、この辺りにはぼくの自室以外には空き部屋しかないよ?」
「そ、うですか」
 ふい、と逸らされた視線。よりによって何故ぼくなのだという気まずそうな表情。これは、アレかな。本部に来て日の浅い人間が良く遭うアレ。
「もしかしなくても、迷子だね」
「いや、ただちょっと……」
「別に隠す必要はないよ、ここに来たばかりの人は大半が室内遭難を経験するから。そうだアレン坊や、ショートブレッドとチョコレートバーあるけど食べる?」
「いただきます! もうお腹空いてるのに迷子になって本当にどうしようかと……」
 おやまあ素直な子だ。人を信用し易いだけで悪い子ではないのかな。
「こう見えてぼくも寄生型だからね、ひもじい気持ちだけは痛いくらいに判るよ。次からは君もカロリーの高いお菓子を携帯しておいた方がいいかもしれないね、それと、ゴーレムも常に連れ歩くように」
「う。判りました」
 コルム坊やが作ってくれた物とは別の、ジェリーのお嬢ちゃんに作らせた間食用菓子から最後の品を手渡すと、先程の表情は何処へやら。食欲旺盛な普通の坊やになりましたとさ、食べ方が汚いけど一所懸命頬張る姿は可愛いね。
 でもこれは仕方ない事だ、だって彼はぼくと同じ寄生型なのだから。飢餓というのは精神論じゃ乗り越えられない。
「ぼく、今から食堂に行くつもりだったんだ。付いて来なよ」
 返事を待たずに歩き出すと背後からブーツで床石を打つ音が追ってくる。くぐもった声が感謝を述べていたような気がしないでもない。
 隣まで追いついてきたアレン坊やは変わった傷跡が残っている顔をぼくに向ける。顔立ち自体は幼いけど整っている、そしてあのクロス坊やの下に居ただけあって自発的に不幸を呼び込みそうな顔もしていた。
「何だか思ってたより普通に、良い人ですよね?」
「敬われるような善人ではないけど、他人を騙して取って喰うような悪い人でもないよ。強いて言うなら恐い奴、なのかな。噂の出処は……誰だろう、ぼくは教団員の大半に嫌われていてね、心当たりが多過ぎる。あ、キャンディまだあった、食べるかい?」
「勿論!」
 何だかアレン坊やには優しいじゃないかって? まあ、苦難の人生を歩んで来た同じ寄生型だしね、それにエクソシストとしての意識も高そうだし。
 今の所は、だけど。
「あの」
「何かな」
「貴方の事、噂だけで判断して誤解していました。ごめんなさい」
「ああ、それかい。強ち誤解じゃないと思うから、謝らなくてもいいよ」
「え?」
「好きなように言えばいいし、言わせておけばいいんだ。どうせ誰も彼も皆、ぼくより先に逝ってしまうのだから」
 ぼくの大事な可愛い可愛いコルム坊やだって、あれからもう大分歳を重ねてしまった。まだ老衰するには時間があるけれど、悠長に構えていられるほど年月は残されていない。それでなくても、ここは戦争の最前線のはずなのだから。
 何人のエクソシストがアクマに殺されただろうか、何十人教団関係者の死に顔を見てきた事か、何百人という無関係な人間の死体はもう見慣れて砂か肉塊にしか見えなくなってしまったけれど。何千回と殺されたぼく自身の姿を見るのも、もう飽き飽きだ。
 嫌だな、お腹が空いて来た。食堂はすぐそこなのに。
「ああ、早く戦争を終わらせ欲しいなあ」
「……終わらせるんです、僕達が。僕達の時代で」
 若い、あまりにも若い言葉に思わず笑みが出る。
「頼もしいねえ」
 そう呟いて、ぼく等は遂に目的地である食堂に足を踏み入れた。寄生型が二人同時出現という事態に、調理場が俄に騒がしくなったが気にしてはいけない。寄生型エクソシストを含む教団員の料理を作るのはきっちりお給料を貰っている彼等の仕事なのだから。
 さて、幸か不幸か現場に残ってしまった料理人諸君には早々に覚悟を決めて貰おうか。巨大で虚ろなぼくの胃袋は、もうとっくに胃液しか残っていないんだよ。

そして調理場は悲鳴に包まれる