曖昧トルマリン

graytourmaline

[ Devil May Cry | ネロ+双子 | 日常 ]

 事の発端は何だったか、兎に角いつもの下らない口論から始まった。で、最終的には武器を取り合っての殴り合いになるのはお互いに予想済みだ。
「筋は良いが右腕を使わないと相変わらず一撃が軽いな。坊や、そんな細腕と薄い胸板じゃあ熱い大人の抱擁は交わせないぜ?」
「は! 脂肪で膨らんだだけの赤ダルマの中年オヤジが何言ってんだか。ああ、もしかしなくても痴呆が始まったのか? おじいさんストロベリーサンデーはさっき食べただろって毎日言わなくちゃいけなくなるのは悲しい話だな!」
「ネロに介護される位なら自殺するね!」
「じゃあ死ね! 今すぐ死ね!」
「いい加減にせんか!」
 横合いから入った怒鳴り声に俺とダンテが同時に反応。青白い剣を憎たらしい笑顔で避けようとするダンテをホールドして盾にしてやる。床が血で汚れるって? それがどうした、どうせ掃除するのは俺なんだ。
「ふむ、ネロの回避能力は日に日に増していくな」
「なあお兄ちゃんよお。血塗れで穴だらけの弟は無視か?」
「床が汚れる。今すぐ血と呼吸と心臓を止めろ」
「この鬼め!」
「まー、バージルが鬼いちゃんになるのはほぼダンテの所為だし、色々と自業自得じゃねーの。どーもこんにちは勝手に上がるぞ」
 入り口で仁王立ちしているバージルの背後から聞こえて来た声に反応してホールドを解く。潰れた蛙みたいなスタイリッシュさの欠片もない声がおっさんから聞こえたけど無視した、髭のおっさんよりも恋人が大事。優先順位からすると当然だろ。
「どうしたんだよ、こっちに来るなんて。また請求書か?」
「いや、珍しい酒が手に入ったんだけどさ、おっさんあんまり呑めないんだよ。だから、強い連中にお裾分け。ネロはイケる口か?」
「それなり」
「何だ坊やもイケるのか。よし、まだ晩酌には早い時間だけど飲み比べしようぜ。酒はジンか? それともウイスキー辺りがっ!?」
「珍しい酒と言っているだろうが。飲み比べならばその辺の安酒でしていろ」
「ってか単にこの辺じゃ珍しいだけで高い訳じゃねーんだけどな。まーいいや、ネロ、つまみ出すの手伝ってくれ」
「……まさかアンタが料理するのか?」
「いや、チーズの封切って皿に並べるだけ。おいダンテ、俺等が戻って来る前に血痕拭いてグラスと皿置けるスペース作っておけよな」
 偶には手前が掃除しろ、と俺が常に散々吐き散らしている言葉と同じ台詞を言ってサングラスの奥で紅い瞳が笑う。
 文句を言いたげなダンテの後頭部にバージルの靴底が綺麗に入った所まで見届けて事務所奥のキッチンに行くと、相変わらず肉付きの悪いおっさんが困った顔してナイフを持っていた。普段から料理なんてしないからチーズを皿に並べるだけでも苦労してやがる、どれだけ慣れてないんだよと嘆きたくなるような手付きだ。
「アンタはグラスの用意でもしてろよ、怖くて見てらんねえ」
「ありがと、そーするわ。本当ネロは良い子だな」
「いい加減これくらいの事で良い子とかフザけた事言うの止めろよ」
 骨ばった冷たい手からチーズを引ったくって皿に並べると、おっさんはいつもの様に困ったような笑顔で俺の頭を撫でてくる。恥ずかしいからいい加減止めろと言っても一切聞かないのは、本人曰くもうおっさんだかららしい。まだボケるには早いし、年齢不詳の外見してやがるくせに。
「そー言えばさ、さっきのダンテとのアレ。今日は何が原因だったんだ?」
「あれか!? 聞いてくれよ! あの中年赤ダルマ俺が貧相とか言うんだぜ!?」
「えー。俺ならまだしも、ネロは貧相じゃねーだろ」
「だよな!? あれが異常に筋肉質なだけで俺だって結構いい線行ってるよな!?」
「ネロとバージルはパワー系なのに見た目シャープでスレンダーだよな。ダンテはモロに筋肉の塊っつーか何かこう、むっちむちだよな、胸とか腕とかすげー事になってるし」
 グラスを両手に持ったまま胸の辺りのラインをなぞった恋人の仕草に不安を覚える。ダンテはそういうグラマラスな美人が好みらしいけど、もしかしておっさんもそうなのか?
「でも俺はちょっとあーゆーの遠慮したいな。デカけりゃいーって話じゃねーんだよ、そーゆーのはさ。いや、ネロがダンテみたいな筋肉質になっても愛せる自信はあるけどな、ネロだから」
 俺が尋ねる前に一人でうんうん頷いたおっさんは、酒瓶と不揃いなグラスを4つ持ってそろそろ行くかと声を掛けてキッチンを出た。こういう所は無自覚なのか何なのか、別にいいけど。嬉しいし。
 事務所まで戻るとダンテがニヤニヤしながら恋人に泣きついて慰めれ貰ったのか、何て言って来やがった。誰がだ!
「うるせえこの筋肉テブ!」
「筋っ……言うに事欠いてそれはねえだろ坊や!?」
「筋肉デブか。成程、言い得て妙だ」
「はいはい仲良し三人組、喧嘩は後にしろ。取り敢えず、はいカンパーイ」
 一人で力無くグラスを天に掲げているおっさんの合図で、俺達三人が同時に武器を取ったのは言うまでもない。

魅惑の大胸筋