曖昧トルマリン

graytourmaline

[ モノノ怪 | 抜刀後+薬売り(不在) | 不憫 ]

 男前が台無しじゃあないかと誂うと派手な薔薇色の打掛を羽織った目の前の男、花売りは精悍な顔立ちには大凡似合わない弱々しく困惑した笑みを浮かべた。
 真っ赤に腫らした左頬を手の甲で擦ってどうしたものでしょうねと呟く奴の感情にはしかし、理不尽な暴力に対しての怒りはない。この男は滅多に怒りなどしない、こと薬売りに関わる場合はそれが顕著だ。
 だから、アレがつけ上がるというのに。
『相変わらず酷い男だな。お前、偶には怒った方がいいぞ』
「とは仰いますが」
 相変わらず穏やかに困っている奴の顔面に濡れた手拭いを投げ付けて大きく溜息。ああそうとも、溜息の一つや二つは吐きたくもなるだろうさ。何とも下らない。
『アレはお前に嫉妬されたいという身勝手な理由で女を連れ込んで、反応が無ければお前に平手打ちを食らわせた挙句女を放り出す。怒る箇所しかないだろうが』
「あっしは別に。反応しなかった訳ではなくて。クスリウリ様が女人を連れ込んだ事を許容しただけで御座いますが」
『尚悪い』
「悪いですか」
『悪い、最悪だ。言っただろう、アレはお前に嫉妬して欲しいだけなんだ。餓鬼だ餓鬼』
 尤も、人間の尺度で善し悪しや嫉妬云々を言われてもコレは尚困るだけだろう。四六時中言っているように本来の姿形はは獣。山犬の価値観なのだ、花売りの根本は。
「確かに未だ多少子供のような事はなさいますが」
『あれが多少か。多分に過ぎるぞ』
 殴られる蹴られるは当たり前、口を開けば一方的な悪口ばかり。二人の仲を知らぬ者でも、もう少し花売りに優しく接してやれと口を出したくなるような暴力の数々。間近でそれを見る度に山に帰れと諭したが一向にその気配はないと来たものだ。
 恋は盲目と言うが、この二人。その盲した方向の相性がどうにも宜しくない。本人同士はそれ程気にかけないのだろうが、周囲は溜まったものではないのだ。
『兎も角、お前はもう少し怒れ』
「怒る。ですか」
『そうだ、怒鳴らなくてもいいから、不満を表に出せ』
「これと言った不満は御座いませんが」
 演技だ、と断定出来ればどれほど良かっただろうか。悲しいかな、真っすぐとした琥珀の瞳を持つ奴の言葉に嘘偽りはない。獣は事実しか話さないものだ。
 それにしても、ここまで反応が皆無であると逆の可能性も疑いたくなってくる、即ち。
『お前、本当はアレの事などどうでも良いと思っていないか?』
 そも、自らの番が他の輩と体を重ねようとしている現場を目撃して、笑顔で続きを促す等正気の沙汰ではない。
 余程の自信があるのか、それとは真逆に相手の事など針の先程も気に掛けていないか、それ位しか考えられない。
 暴力に関してはこの際だ、被虐趣味があるとでもしておこう。
「どうでも良い等とは思っておりませんよ。あっしはただ。あの方が迎えた女性ごと愛そうとしたに過ぎませんよって」
 花売りの言葉に、場の空気が静止する。
 耳を疑いたくなるような台詞ではあったが、それよりも先に目の前の男の存在を疑いたくなった。咽喉まで出かかっていた言葉を胸に沈め、もう勝手にしろと匙を投げた。
『嗚呼、お前も本当に、酷い男だ』
 しかしアレもコレも酷い男同士、全く以てお似合いだ。

寛容も過ぎれば罪