[ 創竜伝 | 余 | 甘 ]
この子は可愛らしい小さな体に反してよく食べる。
「そろそろ休憩しようか、美味しいって有名なカステラ買ってきたんだ。余君は紅茶と日本茶と、どっちがいい?」
「紅茶がいいです、先生の淹れる紅茶美味しいですから」
昼食と夕食の間、お八つの時間に差し掛かった事を時計で確認しながらそんな会話をして席を立つ。手伝いますと言ってくれた彼の申し出は笑顔でやんわりと断った、それよりもその数学の参考書を少しでも埋めておきなさいと言うと頬を膨らませる。
大きな瞳に膨れた頬、栗鼠みたいだねと笑ったら先生なんて嫌いですと言われた。
「おれは余君の事、好きだよ?」
「嫌いです。始兄さんと続兄さんに先生が家庭教師でもない日に勉強しろって意地悪するって告げ口します」
「だって余君、おれが頑張って教えてる隣で寝ちゃうんだもの。予習は真面目にしないと」
「先生の声が寝るのに丁度いいから悪いんです、全部先生が悪いんです」
「うーん、困った子だなあ。甘いもの食べたら機嫌直してくれる?」
さして困った風でもなく部屋を出て、キッチンで紅茶の用意をしながらカステラを切り分ける。チョコレートとプレーンとチーズ、大学生と中学生の男二人で食べるには多過ぎる量くらいが彼には丁度いい。
紅茶とカステラを手に部屋に戻ると、まだ拗ねているみたいで頬が膨れたままだった。矢張り頬袋に餌を詰め込んだ栗鼠に見える。
「まだ怒ってる?」
「先生が子供扱いするから怒ってます」
だって君まだ義務教育中の学生じゃないか、とは言わずに、まずは紅茶とカステラをテーブルの上に置く。空いた両手で膨れた頬を包んで、唇を重ねるだけのキスをする。
キスまでは許容するけれど舌を入れたら肉体的、精神的、社会的と三拍子揃って抹殺すると、知り合いで彼の兄の竜堂続君に脅されているので、今はここまで。
「これで誤魔化されてくれないかな?」
「……仕方ないから誤魔化されてあげます」
ふい、とそっぽを向いた唇が逃げるようにカステラを食む。探るような上目遣いで見られた視線は、またすぐに逸らされてしまった。
小動物は長い間見つめられるのは嫌がると聞いたことがあるような気がするので、こちらも視線をカステラに移して一切口に運ぶ。有名店の一押し商品だけあって、食感もしっとりふんわりで美味しい。
二人して黙々とカステラを食べているが、余君の方がスピードは遥かに速い。そしてそのスピードが落ちないというのも凄い。
其々の味を一切ずつ食べれば十分だと手を休めていると、それに気付いた余君が少し困ったように見つめてきた。美味しい? と尋ねると無言で頷いてくれた、相変わらず頬が膨れていて可愛い。
「おれじゃあ食べきれないから、全部食べていいんだよ?」
「……いいんですか?」
「うん。余君の為に買ってきたものから、沢山食べて」
プレーンのカステラを一切取って差し出すと、また栗鼠のように食べ始める。
「ね、余君」
カステラを頬張っている余君が視線だけでどうしたのかと訪ねてきた。
「愛してる」
顎の運動が止まり、一拍置いた後で小さな体が勢い良く抱きついてきた。
真っ赤になった耳も、中学生にしては力が強過ぎる抱擁も、急いで言葉を返す為にカステラを飲み込もうとする仕草も、全部が全部可愛らしくて、どうやってもおれは、この小動物みたいな彼が大好きだった。