曖昧トルマリン

graytourmaline

[ D.Gray-man | マルコム=C=ルベリエ | 薄暗 ]

 朝ごはんは素敵だ。
 バターとメープルシロップがたっぷりかかったパンケーキの塔。
 チョコレートソースとバニラアイスクリームの乗った厚切りデニッシュのフレンチトースト。
 ミルクのたっぷり入った大きなカフェオレボウルの隣、こんがり焼かれた薄いトーストとクロワッサンにはハチミツとオレンジのマーマレードが添えられている。
 ワッフルには生クリームと新鮮なフルーツが傍に控えていた。
 表面をカリカリに焼いた分厚いベーコンとチーズにレタス、輪切りのトマトに刻んだタマネギのソースを挟んだバーガーバンズ。
 数種類のドレッシングに囲まれたサラダボウルには瑞々しい葉物の野菜がどっさり入れられ、彩りの為にミニトマトとカッテージチーズ、それにクルトンが存在を主張している。
 プレーンベーグルにはスモークサーモンとクリームチーズ、セサミのベーグルにはピクルスとローストビーフが端を覗かせていた。
 ふんわり焼かれたスコーンにはクロテッドクリームとラズベリーのジャム、紅茶は今日はストレートの気分。
 手軽に摘めるサンドイッチは厚めに焼いた卵や薄く切ったキュウリ、コンビーフやツナサラダが虹のように並べられている。
 オーツのシリアルの隣にはドライフルーツとナッツが宝石のように積み上げられ、一緒にミルクの中で浮かぶのを待っているかのように見えた。
 無論、他国のスタイルも無碍には出来ない。
 三角形に握られた白むすびと濃い目の味噌汁に塩の効いた沢庵が二切れ。
 奥の方で黄金色に輝いているのは甘辛いタレを付けてこんがり焼いた焼きおにぎり、お供はブロッコリーのお浸しで、意外にこれがよく合う。
 和風中華風泰風なんでもござれの白粥には梅に鮭、海苔の佃煮、海老や辛味のついた茸や香草が味と彩りのアクセントとして置かれていた。
 その隣にあるのが葱を散らした卵粥、優しい中華風の味付けが魅力的。
 食卓の上で一際異彩を放つレインボーなシリアルはアメリカの物だろうか、これはこれで味の想像がつかなくて大変面白い。
 隣で鎮座しているのが大きなトウモロコシの平焼きで挽肉とジャガイモ、それにふんだんな野菜を包んだタコス。
 トマトや肉、香辛料と一緒に炊かれた米は西アジア風の味付け。
 同じ香辛料系でもこっちはインド風でカレーの香りが食欲を刺激する、グリーンカレーは見た目に反してとても辛いがその分美味い。
 麺類は中華風のものを始め、東南アジア風の具を好きなだけ入れられる。
 ああ、朝ごはんは素敵だ。目が覚めて空になった胃に沢山の食物が詰まると今日も一日生きてみようという気分になれる。
 端から順番に手を付けて、あれもこれもと胃の中に送り込んだ。テーブルの上に所狭しと並べられた朝食がみるみるうちに無くなって行く。
 神になんか感謝せず、食べられるために殺された食材や食材を育ててくれた生産者、料理を作った教団の人間へ感謝する。だってここの神は有益な事はなにもしてくれない、余計な事ばかりしてくれる。
「おはようございます」
「やあ、おはよう。コムイの坊や」
 リナリーを連れたコムイがぼくの背後から話しかける。眼の下に隈がある、また徹夜らしいがどうでもいい。リナリーはぼくの事を怖がって嫌っているので視線から逃れるようにコムイの後ろで震えている、これもどうでもいい。
 ただ、目の前の食料を食べ尽くそうとも、決して満腹にはならなくなってしまった。
「仕事かな? 君達が食べ終わったらでいい?」
「はい、お願いします……ほら、リナリー。挨拶を」
「別にいーよ。リナリーはぼくが恐いんだから、仕事に支障がないなら無理に慣れさせる必要なんてないよ」
「しかし貴方は長官の命令で」
「仕事をしているのはぼくだ」
 コルム坊やは悪くない、可愛いあの彼をこうしたぼくが悪い。それでいい。
「それじゃあ、後でね」
 残りの朝食をぺろりと平らげ、眠たげな胃を押さえて席を立つ。食べた傍からお腹が空き、精神の柱が揺らいで上澄みだけの正気がぽろぽろと振り落とされる。
 パンケーキ。フレンチトースト。トースト。クロワッサン。ワッフル。バーガー。サラダ。ベーグル。スコーン。サンドイッチ。シリアル。白むすび。焼きおにぎり。白粥。卵粥。シリアル。タコス。名前も知らない米料理。カレー。最後に麺類。
「ああ、なんて楽しく素敵な朝ごはん!」
 ドロドロの胃袋に落ちていった料理達が、ぼくの信仰しない神に祝福されないまま腹の中で断末魔を上げる音を聞いた。

彼の素敵な朝食