[ モノノ怪 | 薬売り | 意味不明甘 ]
元々神経が図太く度胸があり、人懐っこく、社交性のある男だとは知っていた。そうでなければ金持ちの屋敷に飛び込みで花など売りに行かないだろう。
「確かに綺麗だけどなあ」
「美しい奥方に一輪。如何ですか?」
「母ちゃんは美しかねえなあ」
「だなあ、余計なもん買うなって怒られるだけだしなあ」
「ならばこの街一番の可憐な小町と評判の貴方の娘様に」
「そいつあ幾ら兄ちゃんが別嬪でも許せねえぞ?」
「はあ、気の強え俺の娘に手え出そうなんて度胸ある兄ちゃんだな」
「いえいえ勘違いなさらないで下さい。父から娘への贈り物に御座いますよ」
しかし、先に食べ終えたからといってこんな夕刻に佇む蕎麦の屋台でまで商売するのか、と薬売りは蕎麦を啜りながら考えた。
浅黒い肌に灰褐色の髪、琥珀色の瞳を持った美丈夫は薔薇色の打掛を夜風に靡かせながら遊び人のようにカラカラと笑い、屋台の店主や周囲の客に冗談交じりで花を勧める。
子供のように天真爛漫なくせに男前の外見に絆されているのか、店主も別に止めるつもりはないらしく好きなように振舞わせている。仕草や声が一々歌舞いているのでいい客寄せとして使っているのかもしれない。
入れ替わり立ち替わり、様々な男に声を掛けては適当な具合で花はどうかと話しかける。大抵は笑われながら断られるか、適当に冷やかされるかだが、偶に買って行く客がいるというのが驚きだった。
世にも珍しく咲き誇る南蛮の花、こんな男の手元で枯らせるくらいならばせめてもと、まるで女に告げる睦言のような甘い言葉が並ぶ。
「兄さん兄さん、あんまり歯の浮く事ばっか言ってると隣の別嬪さんに怒られるよ」
蕎麦掻きを食べていた気の小さそうな男の一人が薬売りの異変を感じ取ったのか、ちょいちょいと指で宙を掻く。
そうして話題の中心に居た男は、ようやくその目の中に不機嫌な恋人の姿を入れる。ぱちり、と睫毛が音を立てた気がした。
濃い目に味付けされた汁まで飲み干した薬売りは蕎麦の代金を払い、差分を店主から受け取る。その視界の端で、白い小さな花が咲いた。
瑞々しい緑の茎にぽつぽつと咲いた貧相で小さな花、その先の、伊達男の外見をした大きな子供のような、犬。
「クスリウリ様。お一つ如何ですか」
薬売りは溜息を一つ吐くと、差し出された花に噛み付いて花弁を千切った。呆気に取られる店主や他の客を他所に独特の鼻に抜ける辛味を咀嚼し、花を差し出した隣の男も残った茎を食んで嬉しそうに笑う。
「 ごちそうさま 」
首を傾げる男たちの間を抜け暖簾を手で払い薄暗い夜の中に出ていく薬売りの背を、始終笑顔の薔薇色が追って消えた。