曖昧トルマリン

graytourmaline

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 適当に切ったマッシュルーム、慣れない手付きでみじん切りにしたタマネギ、すりおろしたニンジン、それにトマト缶と挽肉。材料はこれだけ、あ、あと調味料に砂糖と塩と胡椒。
「きのこは面倒臭いなら入れなくていいが、あった方が美味い。予算の都合が付かない場合は肉も入れなくていい。但しタマネギとニンジンの二つは必ず入れろ」
 隣に立つ背の小さい彼がメモ用紙一枚に収まるレシピを復唱してみせてくれた。味見をしつつ火さえ通ればいいらしい。
「野菜を先に炒めて、火が通ったら挽肉。次はトマト缶で水分が充分飛ぶまで、だっけ?」
「ちゃんと飛ばせよ、その方が酸味が消えて甘味が出る。甘い方が好きだろう?」
「うん」
「それと味見はしろ、その方が失敗が少ない」
「判った」
 大き目の鍋で作ったたっぷりの簡単ミートソース、量は大分多かったけれど使い道は色々あるからと残りは保存すればいいと彼は言った。
 次に作るのはパスタ。これも市販の袋に書いてある通りに作ればいいという事だ、マグルのマーケットに行けば手に入る。
「茹で汁や余熱で云々とは言わんから、書いてある通りに茹でろ。くれぐれも茹で過ぎるな」
 砂時計の上下を返した彼は僕を指差しながらそう言った。
 和風とか中華風とかエスニック風とか適当にそれらしい名前を付けて色々と変な具を組み合わせて入れるのは平気なのに、ふにゃふにゃでぶつぶつ切れる缶詰のパスタだけは大嫌いな彼らしい注意だ。
 砂時計の砂が落ちたらパスタをお湯から上げる。あとはさっきのミートソースと和えるだけ。今日はないけれど、好みでチーズやパセリを散らしてもいいと彼は言う。
 朝を軽くしてがっつり食べたい昼食の為に、ちょっと甘目に作った単純なミートソース・スパゲティ。時間もそれ程かからず、作り置きや大量作成、アレンジが簡単に出来るから、独り暮らしや忙しい主婦の為のレシピ、らしい。
 手を合わせて、彼のスタイルに合わせてから食べ始める。
「おいしいね」
「上出来だ」
 野菜の甘味が沢山出たミートソースに、食べごたえのあるスパゲティがよく絡んでいる。
 彼の嫌いな缶詰のパスタよりもずっと美味しい食べ物に、僕も彼も素直な感想を述べた。彼が隣に居たとはいえ僕が作ったものだとは思えない。
「残ったミートソースはホワイトソースをかけてグラタンにしても美味いし、味に飽きたならカレー粉を入れてドライカレー風にしてもいい。時間のない朝ならスライスしたパンの上にチーズと一緒に乗せてトースターで焼くのもいいな、あれも簡単で美味い」
 僕が作った料理を食べた彼が幸せそうに笑う。つられて僕も笑った。
「ホワイトソースって難しい?」
「慣れないルーピンには面倒臭いかもしれん。もう少し慣れてからホワイトソースでシチューでも作ってみるか。最終手段は市販だな、説明書き通りに作れば失敗しない」
「今まで気づかなかったけど、君って意外と市販の食品に肯定的だよね。いつも手作りだから、そういうのに対して色々難癖付けてるのかと思った」
「ホグワーツではマグルの市販品が手に入らないから仕方無く一から作っているんだ。誰かあの面倒なドミグラスソースを通販してくれ……そうすれば味付け直すだけでいいのに」
 割と切実な彼の願いは、食卓の上に虚しく散っていくだけだった。彼が面倒だというソースならば、僕にはどうする事もできない。
 もう一口、スパゲティを咀嚼してから話題を変える。
「来週のお昼は、何を作ろうね」
「何が食いたいんだ」
「うーん、肉かな?」
 首を傾げながら言うと彼は別段肉料理が続くのを嫌がる様子もなく、確かに魚は面倒だししばらくは肉と野菜だなあと呟く。
「今回はトマトを使ったから、次はレモン風味であっさりと鶏胸とキャベツでも炒めるか。これも簡単だし、肉ならば何でも代替が効くレシピだ」
「それじゃあ改めて、よろしくお願いします」
「はいはい、よろしくお願いされます」
 くるくるとフォークでスパゲティを巻き取りながら彼が苦笑する。
 柔らかな彼の輪郭を眺めながら、それでも僕は、この優しい午後が永遠に続けばいいなんてありえない事を願ったみた。

何時か独りになる僕に