曖昧トルマリン

graytourmaline

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 現代社会で吸血鬼はどのようにして血を手にいれているのだろうか。
 お手本のような曇天を窓の外に据え置いて、午後3時半の薄明るい日差しを浴びながらそいつは言った。いつも通りの、前後関係のない話の振り方だった。
 模範的な形で着られた制服の袖口から伸びる右手には食べかけの赤いロリポップ。左手に縦書きの異国語の本、表紙を見るに恐らく料理関係の本だろう。丸ごと焼かれた赤い魚と黒い器に入った色の薄いスープの写真が色鮮やかに印刷されていた。
 キノメミソのナマフデンガクという謎の料理が食べたいと直前まで呟いていたこの男は一体どんな脳内経緯でそんな話題に変換したのだろうか。血液関係の料理でも見ていた、可能性は低い。この男は思考が長く脳内会話をするため突飛な言動が多々ある、大抵の言動が前後の因果関係にないように見えてしまうのだ。
 過去のぼくにはそういう所が理解出来なかったし、今のぼくにもすぐには理解出来ない。そしてきっと未来のぼくもそうに違いないし、そもそも親しい間柄のぼくにすぐに理解出来ないのならば誰にも理解出来ないだろう。
 目の前の男はいつものように淡々と続けた。ぼくが理解しているかしていないかなど構いはしない態度までいつも通りだった。内容はこうだ。
 矢張り魔法省が医療機関を偽装して血液を買い求めているのか、人工血液的な魔法界特有の代替品が存在するのか、魔法使いの売血行為が認められているのか、牛や豚や畜生の血を啜るのか、同族同士で血の供給を満たすのか、それとも強制的に吸血鬼を吸血鬼でなくするのか。
 どうなのだろう、と言いたい事だけ言い切った黒い瞳がぼくに問うた。
「知らないし、興味がないが。最後のはないだろうな」
「そうか」
 嘘を言ったり適当に流すと後々面倒な問答になるので正直に胸の内を答えると、その男はもう一度そうか、と短く言った後にではと続けた。
「スネイプ、そもそも吸血鬼とはどういった存在だ?」
「生き血を吸う存在だろう。区分的には人狼と一緒で半人だ」
「血を吸わなければ死ぬのか」
「だから吸血鬼などという個体名称が付いたのだろう。でなければただの人間だ」
「確かにそうだな。で、吸血行為はどの程度の頻度なのだろうか。毎日なのか、ある一定の期日内なのか、その気になれば数ヶ月飲まなくても大丈夫なのか」
「個体によるんじゃないか。先天的か後天的かにもよるだろうから」
 これ以上は自分で調べろと突き放すと、怒った風でもなく男は小さく首を縦に振って食べかけのロリポップを口に含んで不愉快そうな顔をした。味が気に入らないらしい。
 桃色の舌がまだほとんど減っていないロリポップを舐める。合成された甘い香りに混ざって、苦いような、塩辛いような匂いもした。一体何味なのだろうか。じっと見つめているとこの男はすぐにぼくの視線に気付いた。
「食べてみるか?」
「態々不味いものを勧めるな」
「不味いんじゃない。不快なんだ、吐き気がする」
「そんな酷い表現をしなければいけないのなら食べるな、捨てろ」
 新品の真っ赤なロリポップを手で押し戻して咥えられていた棒を無理矢理引き抜く。途端に香ったのは血の匂い。成程、吸血鬼の話題はここから来たのか。
「Blood-flavoured lollipop。ハニーデュークスの商品か、こんなものをお前が持っているなんて珍しい」
「貰い物で持て余していたルーピンがくれた。苦手なんだろう」
「奴は歯が溶ける位の甘党だからな」
 試しに一舐めしてみたが酷い味だった。砂糖を焦がしながら煮詰めたような妙な甘ったるさの中に鉄錆のような酸味と苦味が溢れている。この商品をホグワーツの生徒は吸血鬼用だと思っているし、ぼくも今の今までそう思っていたが、実際に食べてみて意見が変わった。これは吸血鬼でも食べない、それ程不味い。
 その不味いロリポップを小さな右手が奪い返して自分の口の中へ突っ込む。音を立てて食べ始めた口元がにたりと笑ったように見えた。
「おい、スネイプ。眉間の皺が増えたぞ」
「不味いのだから仕方がない」
「確かに。これなら普通に血液を飲んだ方が遥かにマシだな」
「なんだ、その血液を飲むとは」
 血を飲んだことがあるというのか。いや、あるかもしれない。この男は一般的な生活の中で食べるという行為やその過程を割りと楽しんでいる類の人間だ、美味い血を飲んだ事があると言えば信じてしまう程度には。
 ごり、とロリポップの欠片を噛み砕いて飲み込んだ男は、口元にだけ笑みを浮かべたまま本を閉じ、空いた左手でぼくの顎を優しく撫でた。
「スネイプに興味があるなら手伝ってやるのも吝かではない。どうだ、口の中を自分の血で一杯にしてみるか?」
 曇天を背後に、薄暗い影を纏った目の前の男が吸血鬼のように笑う。
 誘惑するように吐き出された吐息は赤く甘い鉄錆の匂いがした。

鼻を潰して奥歯を抜いて、最後に舌を噛み切って