曖昧トルマリン

graytourmaline

[ モノノ怪 | 薬売り | 甘 ]

「 わたし しんでもいいわ 」
 物騒な言葉が薬売りの口から飛び出し、花売りは思わず手を止めてそちらを凝視した。
 いつも通りの安宿の一室。今日は先に仕事を終えた薬売りの白い手には一冊の本があり、艶本の類ではない事はその装丁からも良く判る。
 察するに、本の中に同様の台詞が出てきたのだろう。
 薬売りの瞳も、何やら探るような、試しているような風で花売りを凝視し、妙な空白が二人の間に生まれた。
「何故に。死んでしまわれるのですか」
「 不合格 」
 一声そう発すると、薬売りは楽しそうな反面、酷く詰まらそうにも取れる表情で採決を下した。審議の間など一秒に満たなかっただろう。
 理不尽とも思える突然の遊戯に、それでも付き合いの長い花売りは特に困ったような顔をせず、まずは軽く首を傾げるに留まった。
 それから、ふむ、と顎を摘み、次に周囲に散ばっていた物を片付ける。
 全てをきっちりと終わらせてから、薬売りと向かい合うように座り直し、閉じられてしまった本をちらりとだけ横目で確認した。どうやら小説らしい、題名と作者に見覚えがあるような気がすると優秀ではない脳に問い合わせてみる。
「やあ・りゆぶりゆ・ヴあす」
「 不合格 」
 にべもなく言われ、花売りは苦笑した。自信がなかったわけではないが、始めからそう言われる事を想定していたような表情だった。
 もう一度顎を撫でた後に思案顔で立ち上がると、挑戦的な表情をしている薬売りの前にやって来て無言でその体を抱え上げる。
 まさかの行動だったのだろう。薬売りは日に焼けたようにも見える腕の中で表情を変え、金の瞳を非難がましい目で見上げた。
「 何を 」
「食べて仕舞いたい」
 些か荒っぽく抱き上げた割りに布団には優しく下ろし、攻撃的な台詞を困惑を含んだ笑みを浮かべて囁く。
「貴方の全てを。食べて仕舞いたい」
 布団に横たわったままの薬売りの頬と耳朶が朱色に染まり、花売りは益々困ったように笑った。まだ大分涼しい夜風が、吊るされたばかりの風鈴を鳴らす。
 また、数秒の空白。口を開いたのは、薬売りだった。
「 わたし しんでもいいわ 」

相愛確認遊戯