曖昧トルマリン

graytourmaline

[ モノノ怪 | 抜刀後+薬売り(不在) | 馬鹿甘 ]

 兎より狐だろうと言うと、花売りは何の事だと首を傾げる。
『この顔だ、どう見ても白兎や黒兎なんて可愛らしい物じゃない』
「そうでしょうかね」
 あいつが宿の女将に薬を売りつけている間にしか出来ないような話題を振ってみるが、今一喰い付きが悪い。こいつ、本気でこの顔が兎に見えるのか?
「嗚呼。けれど確かに。クロウサギは凛々しい顔立ちをしていらっしゃいますね」
『褒められるのは嬉しいが、お前、あっちは可愛いとでも思っているのか?』
「美しい御方じゃあ。ありませんか」
 そう言えば、花売りはあいつの顔が兎に角大好きだったな、次点で声。口に出して言うと大抵天秤を投げられて泣いているが。両片思いというか、何というか馬鹿らしい。
『しかし兎相手に美しいって形容詞は可笑しいだろう』
「嗚呼。其方ですか」
 別にあの呼び名は容姿の事を見て兎と言っている訳ではありませんよと、のほほんとした口調で花売りが言う。そうだったのか、今初めて知ったぞ。
 それで、実際はどういった理由で兎なんて呼んでいるんだと訊いたら、これもまた随分ぶっ飛んだ理由だった。何なんだこの恋人共、何処か遠くで朽ち果ててくれないか。
『お前、それはないぞ』
「ええ。だって血が平気だった頃よ良く捕まえて食べたんですよって。肉も柔らかくて好物だったんですよ。今ではもう食べる気になりませんが」
『隠語にしたって安直過ぎる。もう少し捻れ』
 薬売りを見た瞬間恋に落ちたらしい。一目惚れだったんです、と花売りは言った。
 一目惚れした相手の呼び名を勝手に兎にするってどうなのか。しかも好物の獲物の種族名とか狙う気満々じゃないか。草食動物のような笑顔を浮かべているが、こいつも所詮肉食動物って事なのか。
「シロウサギはその場で良いと仰いましたよ。一目惚れ致しましたと告げたら直に」
『黙れ馬鹿』
 何だこれ。つまりは何か、あいつもこいつも互いに色々理解しているのに今まで散々やらかしてくれた訳か。
 ああ、でも花売りの事だから肝心の惚れた理由を言わなかったんだろうな。今までの回想を少しするだけで手に取るように判るよ馬鹿が。
「どうかなさいましたか?」
『お前なんてもう知らん! 勝手にあいつに弄られていろ!』
「ええ。いきなり何なんですか!?」
 知れば知る程こいつ等の関係が馬鹿らしく思えて、結局引っ込んでしまった。ああ、もう知らん。弄られたところを見ても二度と助けてやるものか。
 ……いや、しかし、もう一度くらいは、まあ大目に見てやらない事もないというか。馬鹿なだけで悪気はないのだし、うん、そうだ、一度だ、もう一度だけ助けてやる事にしよう。
 ああ、クソ。早速弄られているな、あの馬鹿が。
 全く、何時の間にこんな立場になってしまったのやら。

保護者の憂鬱