HOT and SWEET
壊れたエアコンの真下、年季が入り過ぎて喘息のような音を出している旧型扇風機の前を占領していたアントニオの口端が歪み、熱帯夜のような髪の色をした男をじっと見つめて諦めたように寝転んだ。大きな窓を持つ部屋のフローリングも地味に熱く、涼しさは一向に訪れる気配がない。
「」
「んだよ」
「暑い」
「死ねよ。死んで成仏せずにおれが涼しくなるようその辺で夏の間だけ自縛霊して秋になったらちゃんとあの世逝け安くないアパートの角部屋に幽霊なんて後々面倒になるだけだから」
「お前、仮にも恋人に向かってその言い草はないだろ」
「久し振りに上がり込んだ恋人宅での第一声が、エアコン壊れてるなんてありえないとか抜かす不届き者に分け与える愛はない。それ以降も延々同じ台詞ばっかり繰り返しやがって手前の暑苦しい顔が付随した頭九官鳥と挿げ替えるぞ筋肉達磨」
「おい、幾ら何でも酷くないか?」
「仮にも恋人の言い草なら蚊に刺された程度だろ、それとも何だ。第三者の赤の他人視点に立ってその身を以って酷いって言葉の正確な意味を知りたいのか?」
「これが序の口なんてありえない……」
「序の口以前の戯れにもならないぞ。それで、アントニオがお望みなら口だけでしばらくの間暑さも寒さも感じないようにしてやるけど? ああ、おれ今、恋人っぽい優しい事言わなかった?」
「言ってねえよ」
優しい事と真反対の物騒な事を言いながら、の手に握られた氷がグラスの中に落下し、真っ白に焼かれた夏の日差しを虹色に分解する。
態々水を一度沸かしてから作った氷を眺めは何か大きな事をやり遂げた顔でグラスを手に取ると、凍る寸前まで冷しておいたサイダーをゆっくりと注ぐ。そのグラスに伸びる、汗と毛に塗れた一本の暑苦しい手。
「何」
「何って、おれの為に作ってくれたんじゃないのか」
「脳味噌沸騰してんの?」
自分の為に決まってるだろ、と床に隣接した場所から生えた手を足蹴にし、グラスの中を一気に飲み干す。オリーブ色の瞳に悲しみが広がるが黒い瞳の主は涼しい顔で無視をしてキッチンのある方向へと消えた。
大量の水が流れ、冷蔵庫のドアが開閉されたり、棚の中を漁る音を意識の遠くで聞き取りながらゆっくりと息を吐く。カーテン越しだろうとじりじりと照りつける日差しを少しでも避けようと上半身を起こし、扇風機の位置を調整しつつ涼しい場所を探った。
出来るだけ日の当たらない場所を、と部屋を一周した瞳が部屋の入り口付近で不機嫌な表情をしているを捉えた。右手には大量の謎の葉と液体が入ったグラス、見た目こそ緑だが見たところグリーンティーではない。
ない、が確実に言える事がある。グラスの中の液体は真夏の部屋の中で、これでもかという位に湯気を上げていた。
「あー、。それ、何だ」
「アントニオに煮え滾った湯を飲ませようと思って」
「何の嫌がらせだ!?」
もうやだこの恋人、とフローリングに沈んだアントニオの顔の横に湯気の立つグラスが置かれ、頭上から飲めよの一言。
「文句言わずにいいから飲め。お前冷たいもの飲んでもその筋肉だから体冷えないだろ、胃袋的にも体感的にもこっちの方が少しはマシだ」
べしり、と頭を足蹴されて起き上がったアントニオは渋い顔をしながらもグラスに顔を近付けると爽やかな香りが漂った。よくよく見てみると、グラスの中の葉は謎でも何でもない、ただのミントの葉だ。
「それ飲んだらバスルームで半身浴してろ。ぬるま湯にしてあるから長めに入れよ、その間にメシ作っておいてやるから」
「え、あ、ああ。ありがとう?」
「はん、どういたしまして?」
先程と全く同じ不機嫌そうな面のまま鼻で笑ったは、面倒臭そうな気配を振りまきながらも一直線にキッチンへ向かって行った。
黒い髪に隠れがちな耳が赤かったのは夏の暑さではなく、もっと別の理由だからだと自惚れていいだろうかと思案し、アントニオは緩んだ口元のままミントティーに口を付ける。
口中に広がる熱と清涼感の後に感じた甘さは、決して砂糖から得た物だけではなかった。