曖昧トルマリン

graytourmaline

in the rain

 長男の生徒であり、三男の同級生であり、次男の恋人である少年が、後輩である竜堂家の末弟に何故か物干し竿の在り処を尋ねてきた。
「物干し竿ですか?」
「うん。出来れば伸縮するタイプだと助かるんだけど」
 可愛らしいとしか表現できない言動でお願いする少年は、どう贔屓目に見ても中学生。下手をしたら小学生に見える。
 兄と同級生だというのに、中学生の自分よりも子供っぽいとはどういう事なのだろうか。
 本人にこれを言うと兄三人が全力でフォローしないと一週間くらい凹み続けるらしいので、優しい末弟はその事には触れず、取り合えずその使い道を訊く事にした。
「風が湿っぽくて空が暗いから、続さんを叩き落とそうと思って」
先輩は続兄さんを何処に落とすつもりなの? 雨が降る事と物干し竿の関連性が全く見当たらないんだけど」
 珍しくかなりはっきりと述べられた余の意見に、はしばらく考え込んでから自分の言葉が足りなかった事に気付いて両手を軽く合わせて笑った。
 高校生にもなってその仕種はどうなのかと以下省略。しかも似合っているのが略。
「続さんがね、外のハンモックで寝てるんだ。でも、ぼく木登り出来ないから、物干し竿で叩き落とそうと思って」
「……物干し竿は庭にあります。でも先輩と続兄さんは恋人だから、そんなもので落とさずに、声を掛けて起こして下さい」
「うん、判った。ありがとう、余くん」
「どういたしまして」
 あの兄も、よくもこんな人を恋人に選んだものだ。
 余は何処までも口に出さず、心の中で思い続けたまま庭に出て物干し竿を手に入れたを黙って観察する。だから、物干し竿は要らないだろうという突っ込みも、最早面倒くさくなってやらなくなった。
 多分この後、兄は恋人の物干し竿攻撃によって起こされて、叱っているのかじゃれているのか判らない会話が繰り広げられるのだろう。
 しかし、そんな余の未来予想は一秒と経たず覆された。
 突然の豪雨が、何の予告も無しに降ってきて、瞬く間に窓の外の景色を遮ったのだ。
 更に数秒後、豪雨がただの雨になり庭の様子が観察できるようになると、そこには雨が降り出す前には居なかった兄が本を持ってズブ濡れで突っ立っていた。
 その視線の先には、雨が降り出す前と全く変わらない位置に濡れ鼠のまま立ち竦んで居る兄の恋人の姿。
 物干し竿を持ったまま立ち尽くしている少年と、それを凝視している青年。双方共にズブ濡れで、目を丸くして互いを見ている。
 木の陰で雨宿りしている小鳥たちが、そんな二人を無視して暢気に囀り合っていた。
「……シュール&ブラックかあ」
 深い意味を考えず、何時か見たアニメの台詞を何となく感想として漏らした余は、二人分のタオルを取りに行くためにその場から去って行った。