危険予知の欠如とそれによる効能
簡単に言えば悪いお手本という意味である。
ある特定の人物を見て「こうはならない、なりたくない」と強く思い行動する、それが反面教師というものだ。
さて、ここに一人の青年が座っている。
真夜中を走る車の助手席、勿論普通の、何の変哲もない日本車の助手席に。
シートベルトを締めているのは自分の身の為というよりは、運転席に座る男、の免許の為である。いや、あった。その言葉は既に過去形だ。
「お、信号変わった」
カーラジオをBGMにそう呟いたは、右折するために指示器を光らせミラーも確認せずに車線を変更する。
黄色から赤、そしてその下の青く光る矢印目掛けて、何故かアクセルを踏み込んだ。
決して新しくはないエンジンは唸り声を上げ、それに乗じてスピードも上がる。右折するとは到底思えないスピードだった。
右方向をさす青い光が消えた。また、黄色に戻る。
そして赤になった瞬間、右足は益々アクセルを強く踏み込んだ。
「青進め、黄色まだまだ、赤勝負」
危険な標語を暢気な声で言ったは、その台詞と共にハンドルを右に切る。
タイヤが甲高い音を上げたのは、決して気のせいではない。
青く光った信号機が頭上を猛スピードで通り過ぎた事を確認して、運転手はようやくアクセルを徐々に緩めていった。
タイミングがいいのか、ラジオから安全運転を心がけるようにという内容のコマーシャルが流れてくる。
それを聞きながら、助手席の男、竜堂続は一刻も早く、否、早くなくていいので安全に、家に帰りたいと心から願った。
彼の願いが届いたのか、数十分後、五体満足で帰宅出来た続は、ハザード停止直後に急発進の猛スピードで近所の路地を走り出した恋人の車を最後まで見送らず、玄関のドアノブに手を掛けながら強く思った。
これからは、もう少し同乗者や車に優しい運転をしようと。