曖昧トルマリン

graytourmaline

本日も快晴なり

 見上げると、秋の昼間の空はどこまでも青かった。
 朝方まで豪雨をもたらした雨雲はが嘘のように去り、白い雲が穏やかに流れ街の空気も堅苦しくない。こんな日には、出かけるべきだろうと誰かが言った気がした。
 まだ地面がぬかるんでいる所為か、近所から少し離れた公園まで散歩がてら歩いていても道行く人の姿は少ない。
 ぬくい日差しに晒されたまだ若干湿っているベンチに座り込んでもう一度空を見上げようとすると、知っている顔が秋の日差しを塞いでいた。
「……うわ!?」
「間を置いてからそこまで驚かれると傷付きますね」
 いつの間にかベンチの真後ろに立っていた男に仰天し、奇声を発して飛び退いたは、とりあえず逃げ出そうとた。
 しかし、相手はその行動を既に読んでいたようで、素早く手を伸ばすとの襟を掴んで逃げられなくする。
「ひっ!」
「何で逃げようとするんですか」
 小動物のように震えているに男、竜堂続は諦めたような声で話しかける。ぶら下げられた子猫状態での脳はようやく無駄に美しい男の正体を認知したようだ。
 上目遣いで続を見たは、そのままゆっくりと口を開く。
「あ、続さんだった」
「こんにちは、君」
「こんにちはです」
 すとんと足下に感覚を戻されると、ベンチに座るように言われた。
「いくら驚いたからといって叫ばれて逃げられると、ぼくでも正直傷つくんですが」
「ごめんなさい……」
 ただでさえコンプレックスの小さな体を縮こませて謝るに続は、今度は呆れたように怒ってるわけではないんですよと言う。
 これで三男坊と同い年だとは到底思えないが、正真正銘、は高校生男子なのだ。
 そして、非公認ではあるが竜堂続の恋人でもある。
「それで、君。今日はどうしてまたこんなところまで?」
「天気がよくて、気持ちいい日だなーって思って、ぼやっと散歩してたら、知らない内にここまで来ていて。どうしたの?」
「……仮にも年頃の高校生がそんな理由で外出なんて」
 学業での成績は優秀なのだが、そことは違う部分の脳味噌の中がお子様世界な恋人に続はそんな事を呟いてしまう。
 自分の弟など今日も休みだからといって早々に末弟を連れてどこかに遊びに行ってしまった。なのに彼ときたらどうだ。そこが嫌な訳でもないので別にいいのだが。
「続さんはなんでここに?」
「家にいる兄さんと茉理ちゃんを二人きりにしてあげたんですよ」
「ふーん、居場所がなかったんだね」
 のほほんとした口調で言うこと言っちゃってくれた恋人に、続は心の底からの笑顔でその頬をつねってやった。
「ぼくは二人きりにしてあげたとちゃんと言っているのに、なんで君の頭と口はそう解釈をするんですか?」
「うー……」
 じんわりと涙を浮かべながらは何事か言おうとするが、口が両端に伸ばされている所為でまともに口が利けない。
 ようやく形の綺麗な白い指が柔らかそうな赤くなった頬から外されると、は妙な声をあげてそこを手の平で撫でた。
「痛い」
「痛くしたんですから当然です」
 本当に痛かったのか、は涙目になって頬を擦る。その仕草が頬袋一杯に木の実を頬張った小動物に酷似していて、おもわず続が吹き出すと少年はジトっとした目で見上げてきた。
「続さん笑うし。続さんの所為なのに」
「はいはい、すみませんでした。もう笑いませんよ」
 深い栗色の髪を撫でて肩を引き寄せるともそう怒っていないようで三度空を見上げてぼうっとする。
 そうしていると、思いついたように口を開いた。
「続さん、ぼく家に帰りますね」
「急ですね、どうかしましたか?」
「日当たりのいいベッドで昼寝をしたくなったので」
 緊張感が一切含まれない笑顔で言葉を返すと、続は仕方なさそうにベンチを立ってひ弱な体を引き寄せる。
「ぼくも行きます」
「……?」
「今のぼくに居場所がないと言ったのは君ですよ、君。責任取って下さい」
「ものすごい屁理屈な責任の取らせ方なのはいいけど。ぼくと一緒に寝るつもりなの?」
 嫌ではないのか、特に警戒した様子もなく純粋に首を傾げはその態勢のまましばらく考え込んで「まいっか」とかなり軽めに結論付けた。
 続の腕に甘えるように凭れかかり微笑む。
 それを眺め、彼は少し溜息をついて「無防備ですね」と思わず呟いた。
「え、でもよく一緒に寝るよ? うちの犬とか」
「君の中で恋人は犬と同等なんですか」
「……うん」
「間をあけて肯定しないでください」
「すぐ肯定した方が良かった?」
「そういう問題ではありません」
 相変わらず手の施しようのないまったり具合に深い溜息をついてしまった続は、そでも楽観的に恋人を見下ろして仕方なさそうに笑うのだった。