芋を巡る恋人達
本日夕方、ペットのウサギ三羽を連れて、川沿いの堤防を散歩していた所、恋人である後輩の竜堂終にキスをされたからだ。
否、それでは非常に正確性に欠ける。恋人の目的は性欲のキスではなく、食欲のキスであったからだ。
順を追ってみよう。
本日の夕方、飼い主の義務であるペットの散歩の途中、彼は堤防の芝生の上で制服姿のまま寝こけている恋人の終を発見した。そのまま通り過ぎるつもりだったのだが、何故かペットのウサギたちが恋人の方へしきりに行きたがったので、仕方なく足場の悪い中を下って近寄ることにしたのだ。
幸運にも、腕の中には買ったばかりのまだ暖かい焼き芋が新聞紙に包まれていていた。しかし同時に、不幸な事に、その芋は一本しかなかった。
丁度小腹が空いていたは、恋人の顔を観察しながら芋を完食。そして、その後、おもむろにむくりと起き上がる恋人。
寝惚けてなのかマジなのか、直後、傍にいたウサギのうち一羽を掴んで笑った。相手はあの竜堂終なので賭けてもいい、その笑みは愛らしい小動物を前にしたものでなく、所謂動く肉の塊に見えたに違いない。
未だ残る野性の本能で危険を感じ取った飼いウサギは飼い主の腕の中に避難。同時に、終に見つかってしまったのだ。いい匂いのする、空の新聞紙を。
そこからの流れは想像に難くない。たった一本の芋を巡って年頃の男子高校生の激しい言い合いだ。食べ物の執念や恨みは怖い。
しかし食べてしまったものは仕方ない、未消化だからと言って吐き出す訳にもいかない、第一あの芋はが自身の為に買った芋であって、元々恋人にやる気などなかった。
渋々といった様子の、年中腹を空かせている恋人は突然、本当に突然。何を思ったのか、を押し倒してキスをして来たのだ。舌まで入れられた時はかなりの衝撃を受け、また色々突っ込む側としての矜持が傷つけられた事を、ここに密かに記しておく。
芋が欲しいが故の長いディープキスの後、恋人は満足した笑みで唇を離し、別れの挨拶を言った。
さて、ここで冒頭に戻ろうと思う。
少年は、共和学院高等科に在籍する竜堂終の恋人であるは、機嫌が良いのだ。
その原因は、彼らが人目を憚らず乳繰り合っていた時に偶然居合わせてしまった、苦労性の星の元に生まれてしまったとして言い様がない一人の通行人にある。
食欲で頭が一杯だったらしい終は気付いていなかったみたいだが、終に押し倒されていたは気付いていた。
通行人は彼ら二人の行動を最初から最後まで目撃していたのだ。しかも、凝視。
やがて、腹は膨れなくとも芋の味に満足した終がその通行人と目を合わせた。その直後に訪れた、一瞬の、しかし壮絶な静寂。
終は、顔面を真っ赤にして光の速さでその場を逃げ出した。
はあっという間に走り去ってしまった恋人を笑顔で見送り、今度はなんとなく、その通行人と目を合わせてみた。通行人のその瞳には狼狽が読み取れた。
仕方なく、通行人である青年に、素直に思ったことをストレートに言ってやった。
「竜堂先生の弟さんって本っ当にアホカワイイですよね」
その時に見た竜堂家長男としての教師の表情は、明日の一時限目にある世界史の授業の時まで覚えておこう。は、そんな人生の中で無駄に分類される決意をして、部屋の電気を消したのだった。