紙飛行機
「……なんだこれ?」
「取ったら見んな! 見んじゃねえぞ! 見たら絶交だからな!」
中庭の芝生に寝そべって、階上から降ってきた紙飛行機。
真上に見える顔は同じクラスで親友の。逆光でもそうだと判ったのは、染めているようにも見える明るい薄茶色の、公立中学時代に生徒指導教員の目の仇にされていたという彼自身の髪である。
そのが如何にも頭が悪そうな奇声を叫びながら今時「絶交」の二文字を恥かしげもなく振りかざし、あらゆる方向からの視線を独り占めにしている。
「これテストの解答か? この間の定期考査のじゃん」
「見るな言うのが聞こえねえのか! 本当に縁切るぞ!?」
「……、赤点取ったな?」
「違え! 見んな! 今そっち行くからゼッテー見んなよ! 見たらおれ泣くぞ!」
一般的な高校男児としてどうかと思われる台詞を吐き、恐ろしい早さで教室の窓から消えたは物凄い音を響かせながら廊下を走り抜け、階段を駆けおり、中庭の終の元へと走っていった。
運動部でもないのにその身体能力はなかなかのものである。
「お疲れさん」
「……と、とにかく、ソレ! 返しやがってくれ!」
「日本語おかしいぞ、大体急ぐなら二階から飛び下りればよかったのに」
「おれを、終、と……一緒に、ッすんな!」
呼吸を整えているを労りながら、終はその紙飛行機を分解して中身を見た。
「何見てんだよ殺すぞバカヤロウが!」
「ざーんねん……って、なんだよコレ」
真っ赤な答案用紙を期待していた終の見たものは、確かに真っ赤な答案用紙だった。
丸ばかりつけられた、真っ赤な答案用紙。
右上には見間違うはずはない、100という数字が書かれている。
「酷え! コイツ見やがった! もう泣く! おれが泣く!」
「いや、問題ないじゃん」
「よかねえよ! 中学の頃にダチに馬鹿なチャラ男だと思ってたのに裏切り者とか、二度と一緒に遊んでやるもんかとか言われたんだぞ! 今もつるんでるけどな!?」
本当に泣きそうな表情で叫ぶに終は滅多に見れないその数字を眺め、気が付いた。
「これって今回異様に難しかった数学の答案じゃ!?」
「あー……そうですケド? ソレが?」
瞳に涙を一杯溜めた状態でヤグサレモードに突入したに終はまるで宝の地図を見つけたように嬉しそうな表情で彼を見つめる。瞳が、輝いていた。
「」
「あん?」
「おれたち、親友だよな?」
「貸さねえよぞボケ。答案の訂正くらい自力でやれ。そして再訂正の憂き目に遭え」
「心がない! 言葉にも台詞にも心がないだろ!」
「貸さないモンは貸さない。見るなって言ったのに終が見たから余計ヤダ」
子供のようにむっすーと終を睨むとその答案を取り上げ芝生に寝転んだ。
くしゃくしゃに丸められた完璧な答案がの手の中へ戻っていくのを恨めしげに眺めながら、終も諦めたようにその隣に寝そべる。
「っていうか、、成績良かったんだな」
「平均90は取ってるからねー。まあまあいんでない? それでもさあ、中学の時は生活指導のヒス野郎が地髪にイチャモン付けられたからクソうざったかったけど。成績良いなら見逃せってんだよなー、おれ校則緩い共和に来て良かったわ」
「……知らなかった」
平均90点は結構凄いことなのではないのかと終は思ったが、到底真似する気にもならないのでテストの話はその辺で打ち切りにする事にした。
「なあ、」
「あ?」
「何で紙飛行機なんかにして飛ばしたんだ?」
「飛ばしたくなったんだよ」
「満点の答案用紙で紙飛行機って……なんか贅沢だな。落ちたけど」
「落ちたなんて不吉な事言うな。それに訂正不要の答案用紙なんてただのゴミじゃん。羞恥プレイがこれでもかって詰まった、そう、それはユメノシマと名付けられたゴミなのさ!」
この辺の価値観とちょっと電波系な性格の一生かかっても理解出来ないだろうな、と終は思う。
「それでさ、飛ばそうとしたはいいけど」
「落ちたんだ」
「紙飛行機なんて最近作ってないから風に乗ってブッ飛ぶ折り方忘れたんだよ! それに落ちたとかいうんじゃねえよ!」
まだ泣きそうな表情をして言うに終は笑いながらその紙を別の方法で折り始めた。
テストの解答とは違い、こちらの方は滞りなく仕上げられて細かい所まできちんと折っていく。ぐしゃぐしゃの紙が飛行機なるその様子を見ながら記憶の意図を辿っていくは茶色の髪を日の光に透かしながら感心している。
「こんな感じかな?」
「終ってこういう事に関しては才能あるよな。才能と言えるか微妙だけど」
「微妙とか言うなよ」
「ちゃんと飛んだらそれなりに才能有りなんじゃね? ちなみにおれは紙飛行機はまともに折れないけど鶴と兜と紙鉄砲は折れるぞ。不器用じゃないんだぞ」
笑いながら応酬し合う二人は、出来上がった紙飛行機をまじまじと眺めながら校舎の狭間から見える青空を見上げた。
「おーし! じゃあ飛ばすぞ!」
「見事ごみ箱に入ったら帰りに何かオゴってやる。安いやつな」
「お? じゃあこの勝負負けられないな」
「言うじゃねえか。野球部から追放されたノーコン剛速球の癖に」
「食べ物がかかったらその限りじゃない所を見せてやるよ」
そう言って終は紙飛行機を勢い良く振りかぶり、フワリと風に乗せて手を放す。
「……飛んだな」
「飛んだろ?」
「ごみ箱に向かってな」
「すっげーだろ?」
「その直前に見えるは竜堂家長兄だけどな」
「そうそう竜堂、って、始兄貴!?」
「そう、竜堂……センセー! それ見んでください! 見っ、広げんなー! お前らこういう所がマジ兄弟だよなあ!?」
竜堂家の人間に向かって悪態を吐きながら猛ダッシュをかますに終は続き、その後二人は満点の答案用紙で何で紙飛行機を作っていたのかかなり不思議がられ、再度竜堂家長兄によって折られた紙飛行機は見事なまでに手を離れて、すぐ墜落したりしたのだった。
そんな長兄の所為で三男が奢りを逃したのは、ここに記すまでもない。