曖昧トルマリン

graytourmaline

夕暮れに沈む百鬼夜行

 傾いた陽光に赤く照らされた誰も居ない廊下で、一人の生徒と擦れ違った。
 銀縁の眼鏡に黒い髪に茶色の瞳、典型的な日本人の顔立ちをした何処にでも居そうな平凡な男子生徒。名前は忘れたが、名字は確か、
 始の記憶違いでなければ生徒会の書記を務めていたその少年が、過ぎ去った背中に向かって呼び掛けた。
「先生たち、目立ち過ぎ」
「……?」
 突然の言葉に困惑し振り返ると、も振り返っていて、侮蔑の表情を浮かべている。少々理不尽な言い草に軽く睨み返すと、口端を歪めた嗤いを返された。
「別に、こっちに火の粉が飛んでこなければ、どうでもいいんだけど」
「何の事だ?」
 言いつつ、は自分の足元を指した。窓から差し込んだ夕日が傷だらけの廊下に反射され、橙色に輝いている。そこには、本来絶対にあるべきはずの物がなかった。
「化物が、人間に紛れてるって知られると困る奴って、案外多いんだよ」
 それだけ言うと、は踵を返して歩き始める。友人らしい同級生が走ってきて彼の肩を抱いて何処かに引き摺っていく様子を、最初から最後まで、始は黙って眺める。
 その少年たちが角の教室へ消える寸前、の手の平が別れを告げるように振られた。沈みかけていた光を浴びて紅に染まったその手の先にある壁には、本来あるべきはずの影が映っていなかった。